2024年12月9日(月)

この熱き人々

2019年8月23日

◉よしゆき かずこ1935年、東京都生まれ。57年、劇団民藝「アンネの日記」でデビュー。映画「愛の亡霊」「東京家族」などで多くの演技賞を受賞。近年出演映画に「羊と鋼の森」「家族はつらいよ」シリーズほか。
 
 
 

 渋谷区丸山町にある映画館ユーロスペースでは、吉行和子主演の「雪子さんの足音」の公開初日の舞台挨拶が行われていた。午前中の上映後、満員の館内を取材のカメラが通路まで埋め尽くし、今年84歳を迎える吉行が、浜野佐知監督と共演の若い寛一郎、菜葉菜(なはな)とともに舞台上に現れると、ひときわ大きな拍手が湧き起こった。

 「とんでもないバアサンをまた演(や)りたいわね、と浜野監督に伝えたのが始まり」と吉行が明かす。それに応える形でこの映画の話が監督からもたらされた時、吉行は血が騒ぐのを感じたという。

 「私の年になると、役は老婆しかない。若い女を演らせろなんて思っちゃいませんし、年相応でいいんだけど、便利な知恵袋を持ってたり、孫の世話が生きがいのおばあさんばっかりでいいの? と思ってました。老婆の人生にきっちり踏み込んで描かれている面白いものって日本の映画は少ないでしょ。雪子さんは面白い。だから血が騒いじゃったんです」

役に入り込んでいる時間が楽しい

 吉行の演じた主人公雪子さんは、最も輝いていたはずの若い時期を戦争に奪われ、結婚した男に死なれ、暴力息子にも先立たれてひとり暮らしの下宿屋の女主人。金銭的には恵まれ、美しく知性的で時にかわいらしくもあるのだが、やさしさという衣をまぶして若い下宿人薫(寛一郎)の心の中に徐々に入り込んでいく。

 雪子さんは料理上手で毎日ご馳走を作り、薫に拒否されると部屋まで出前する。ポチ袋にお小遣いを入れて、望むことは何でもやってあげたいと言う。

大家の雪子さん(吉行)の過剰な親切に戸惑う下宿人の薫(寛一郎)

 「撮影中は、自分の性格を忘れて雪子さんの性格に入り込んでしまうから、毎日何を食べさせようとかポチ袋にいくら入れようか、どうやって渡そうかと考えていて楽しかった。そうなっている自分が面白いの。役者冥利につきる時間で、役者やっててよかったと思うんです」


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