2024年7月25日(木)

この熱き人々

2019年8月23日

 「テレビではまだマシで、実際はあんなもんじゃなかったみたい。母は大変だったと思うけど、ずいぶん面倒見てくれないなって小さい時に感じてましたね。発作で苦しくて水が飲みたいって言ったら、自分で飲めばという感じで知らん顔してた。自分のために誰かが何かをしてくれるということは子供のころから諦めてました。みんなが自分で生きるしかなかったんですね」

 台所で料理をしている母の姿も見たことがないという。元気をつけるのはバターがいいと、元気のない吉行の枕元に切ったバターを皿にのせて仕事に出て行ったという。エイスケが亡くなりその後再婚した時も、相談など一切なくある日突然男の人が子供連れでやって来たのだという。

 「妹はまだ10歳くらいだったから、もうただびっくりしちゃってショックを受けて。私と正反対で元気で社交的だった妹が、すっかり内向的になっちゃいましたからね」

 「本当に自分勝手な人だと思いますよ」という吉行の声には、なぜかそれを責めるようなトーンがない。自分のことは自分で決めるという一貫した姿勢を、仕事人としてもひとりの女としても貫き、徹した母の生き方を、人間として認めているのだろう。

 ただ、母のあまりに突然の再婚は、妹の理恵を家の奥にこもらせ、病弱で家の中にいることが多かった姉の和子を外に押し出すという作用を生んだようだ。

 「早いとこ自分の居場所を見つけて出て行こうと思ったのね。そんな時、母がお客さんから芝居のチケットを2枚もらって、もったいないからと私を連れて行ったんです。劇団民藝の『冒した者』という難しい芝居で、全然わからなかったけど、いろいろな人が出てきていろいろなことをしゃべって、背景も変わって話が進んでいくという世界があるんだってことが面白かった。いろいろなところで公演するから、ここに入れば家に帰らなくてもいいかもしれない。じゃ、ここで私にできることは何かあるかな。衣装とか舞台の小物とかの準備はできそう。それで民藝を受けたんです」

舞台ではどんな自分にもなれる

 動機は「女優になりたい」ではない。家を出るという目的を、劇団に入ることで実現する。間接的とはいえ背中を押したのは母ということにもなる。

 それがなぜか女優への道を歩むようになったのは、たまたま主演女優が風邪をひいて声が出なくなり、いきなり代役として白羽の矢が立ったから。作品は「アンネの日記」。その舞台が好評で2年のロングランになり、結果「女優になっちゃったんです」と吉行は言う。


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