2024年7月20日(土)

この熱き人々

2019年8月23日

 しかし、一応劇団員だからと稽古を見学させられていたといっても、長いセリフを全部覚えていたからこそ代役が務まったわけで、好評を得たのは紛れもなく女優・吉行和子の実力である。ただ、どちらかというと内向的で人嫌いだったはずの吉行が、どういう気持ちの変化で女優の道を進む気になったのだろうか。きっかけが偶然で、他からの好評価で流されるような人ではないはずで、「女優になっちゃった」自分は、やはり自分が決めたのだと思う。

 「劇団に入った頃は引っ込み思案で人になつかない子で、先輩が来ると下を向いちゃう性格だと自分でも思っていたのに、突然舞台に出された時、苦手な先輩たちがずらーっと並んで見ているのに全然平気でいられたんです。いま自分はアンネ・フランクだから何でもできちゃう。そんな自分が不思議で、役を演じるという面白さに引っかかったのかもしれませんね」

 その後は舞台のみならず映画やテレビでも活躍してきたが、オファーを待つ映画やテレビと違って、舞台は自分の演じたいテーマを探し、やりたい舞台を能動的に創り上げることができた。それが女優を続けられた原動力になったと語っている。

 その舞台を、2009年、74歳での「アプサンス ある不在」のアンコール公演をもって引退すると発表し、その後舞台に上がっていない。

 「年を取ってセリフが出なくなったり、周りをハラハラさせる人を見てきて、大丈夫なうちにやめると決めていたから。舞台をやめたらすべてなくなるかもしれないけれど、それならそれでいいやって思っていました」

 が、それからの10年、映画やテレビでの吉行の存在感はますます大きくなっている。

 「いまは女優という職業に就けて本当によかったと思っています。役に扮している時だけが楽しい。役がなくなったら楽しいことがなくなっちゃうからどうしたものか」

 しかし、世のバアサンはまだまだ底を見せていないような気がする。もっと面白いバアサン、もっと危ないバアサン、もっと不可思議なバアサン……84歳の吉行もまだ見えていない何かを秘めていそうだし。この春には、『そしていま、一人になった』(ホーム社)という本を上梓している。

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 「供養の意味も込めて書いているうちに、バラバラだった家族がまとまってきたような気がしたのね。書いてよかったと思っています」

 ひとりになって、初めて家族と寄り添える。父、兄、妹と早逝してしまった吉行家の中で、107歳まで見事に生き抜いた母の強靭な生命力を実は唯一受け継いで、自分を軸に揺るぎなく潔く生きてきた吉行に、もっと度肝を抜く老婆を演じてもらいたい。そんな期待がじわじわと膨らんでくる。 




岡本隆史=写真

  
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◆「ひととき」2019年8月号より

 

 

 


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