2023年2月7日(火)

中国 覇権への躓き

2019年11月20日

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安田峰俊 (やすだ・みねとし)

ルポライター

広島大学大学院文学研究科博士前期課程修了。『八九六四「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)で第5回城山三郎賞・第50回大宅壮一ノンフィクション賞をW受賞。近著に『「低度」外国人材 移民焼き畑国家、日本』。

 不満が高まった結果、14年に行政長官の普通選挙による選出を求めた学生運動・雨傘革命が起こるが失敗に終わる。さらに15年には、反中国的な書籍を出版していた出版関係者が中国の治安当局者により中国内地に連れ去られた銅鑼湾事件、若者に人気が高い本土派(香港独立派)や急進的民主派の立法会議員(国会議員に相当)の資格が剥奪(はくだつ)された事件など、一国二制度の形骸化を示す出来事が多発する。

 これらを経て、わずか10年で「若者の中国離れ」が進んだ。前述の香港大の世論調査では、19年に自身を「中国人」と考える若者は2・7%まで減少。対して「香港人」と考える若者は過去最高の75%に達した。

 逃亡犯条例改正案問題は、中国による香港社会への介入をより進展させるとみられた。デモの大規模化は、従来の不満がこの問題を契機に爆発したものだ。加えて、香港政府側の失策も目立った。香港では従来、厳しい制限選挙体制が取られてきたが、言論の自由は保証されてきた。ゆえに、市民が平和的なデモで民意を示し、政府がそれに耳を傾ける仕組みが存在した。

 ところが今回の場合、6月9日に100万人規模の抗議デモが起きたにもかかわらず、行政長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)は強行採決を計画。さらに無許可デモに対しては強圧的な鎮圧をおこなった。これらはいずれも、民意を聞き入れない姿勢とみなされた。

 結果、デモ隊側にも平和的な抗議に限界を覚える声が強まり、警官との衝突を辞さない「勇武派」が台頭。当初は徒手空拳や雨傘などで戦っていたが、警察側の鎮圧の激化と歩調を合わせ、ゲバ棒や投石・火炎瓶を用いるようになった。8月末からは、中国資本やそれに「近い」とみなされた商店、地下鉄などの公共施設の破壊、放火も進んだ。勇武派の核となった層は、10年代に成長した、中国への反感が強い若者たちだ。

 各種世論調査では、香港市民の6~7割程度がデモに同意し、その多くが暴力的な抗議行動にも理解を示している。運動に明確なリーダーが存在しないことと市民の支持を背景に、デモ隊の暴力には歯止めがかかっていない。10月13日には繁華街の旺角(モンコック)で手製爆弾が爆発した。

 このデモがいかなる幕切れを迎えるかも論じておこう。

 日本で懸念されている、中国内地からの人民解放軍(または武装警察)の介入は、あまり現実的ではない。国際都市・香港のデモは世界のメディアが取材中であり、武力行使の結果、諸外国の制裁を受けた場合の中国経済のダメージも大きすぎるためだ。鎮圧のハードルは、1989年の天安門事件の時よりはるかに高い。

 ただし、デモ隊の要求が飲まれる可能性もほぼない。中国は10月31日に閉幕した4中全会(第19期党中央委員会第4回全体会議)で、港人治港に言及せず「香港に対する管轄統治の厳格な実行」を強調するコミュニケを採択。より香港への統制を強める姿勢を示している。


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