べルリンの壁が崩壊した1989年に著書『日はまた沈む—ジャパン・パワーの限界』で金融バブル崩壊を予測したビル・エモット英『エコノミスト』元編集長。その後も低迷する日本をウォッチし続けるエモット氏は冷戦後の30年をどう評価しているのか、インタビューした。
木村(以下、──)この30年をどう振り返るか。
エモット:冷戦後の30年は世界にとってまさに前進の時代だった。多くの人々はロシアと欧米諸国の関係について失望しているが、世界を見渡すと民主主義が広がり、オープンな人の移動が進み、国家間の紛争ははるかに少なくなった。
中国、インド、その他の国々で何億人もの人々が貧困から抜け出した。もちろん失望する部分もあるが、後代の歴史家は冷戦の終結を世界史におけるターニングポイントと見るだろう。
──フランスの国際政治学者ドミニク・モイジ氏は希望、恐れ、屈辱によって世界が形作られる「感情の地政学」を語った。文化や感情が世界の変化に与える影響をどう見るか。
エモット:私ならそこに国家としてのアイデンティティーを追加する。それは政治的にも社会的にも新しいものではない。冷戦中は旧ソ連の共産主義圏と欧米の資本主義圏との分断によって、国民的アイデンティティーや、歴史・領土問題、ナショナルプライドやその国固有の文化といったより感情的な問題に向かう自然な傾向が抑制されていた。冷戦の終結によってアイデンティティーが解放され、フラストレーションが高まり、歴史的な失敗により屈辱感を抱くようになった。
こうした感情は特にロシアにあてはまる。一方、バルト三国やポーランドなど、ナチスやソ連から解放された国は新しく獲得した自由に希望を抱いた。この30年で感情が大きく変動し、アイデンティティーやナショナリズムの形に回帰したと思う。
近年では、国家のアイデンティティーだけでなく宗教的なアイデンティティーも重要になってきており、状況がより複雑になっている。