なぜアメリカはTPPに参加するのか?
今日のアメリカを理解するには、1970年代のアメリカと比べるとわかりやすい。当時のアメリカはベトナム戦争で国力を大きく低下させ、ニクソン大統領は同盟国に責任の分担を求める一方、厳しい財政状況のためにアジアの陸上戦力を大幅に削減した。一方、アメリカは米中和解を通じてベトナム戦争から抜け出すとともに、国内経済を立て直すため10億人の中国市場に通商上の機会を見出した。「ニクソン・ドクトリン」はアメリカがアジアから「撤退」するものとの憶測を呼んだが、アメリカはアジアにおける前方展開戦力を維持した。その象徴が日本への空母機動部隊の配備である。
同様に、9.11以降アメリカの財政は悪化し、世界金融危機がそれに追い打ちをかけている。これにより今後10年で5000億ドル、最悪の場合は1兆ドルの国防予算を削減する見通しである。財政再建のためにはアジア太平洋の経済成長を取り込まなければならず、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)はその主要な手段である。
他方、中国は人民元の過小評価を維持するために大規模な介入を繰り返すなど、アメリカが主導してきた経済システムを自国にのみ有利な方向へと修正する動きを隠さない。さらに中国の不透明な軍事力の拡大は、とりわけアメリカのアジアへのアクセスを阻止する能力の開発に向けられている。このため、アメリカは再び通商上の利益に基づいてアジア戦略を立て直し、バランスのとれた陸海空統合軍力を再建しようとしている。
米国は「オフショア・バランシング」を選択しない
アメリカがアジア太平洋へのアクセスを維持するためには、インド洋と太平洋における戦力の前方展開が不可欠である。アジアの経済成長には中東の安定が不可欠なため、アメリカは今後も中東の安定に関わっていくことになる。そのため、アメリカは「インド太平洋」海域に海軍力と空軍力だけではなく、海兵隊を中心とする地上部隊も維持する。アメリカがオーストラリアに海兵隊と空軍の新たな拠点を確保し、最新鋭の沿岸戦闘艦をシンガポールに配備するのはこのためである。在沖海兵隊の分散移転もこの文脈に当てはまる。
アメリカ軍は「統合作戦アクセス」構想を発展させ、A2・AD環境下における陸海空戦力のアクセスの確保を目指しているが、エア・シー・バトルはその一部に過ぎない。アメリカがアジアから撤退し、オフショア・バランシングを選択するわけではないのである。
日本は「AfPak(アフ・パク)」安定に注力を
イラクが安定に向かい、ビンラーディンの殺害によって対テロ戦争に一区切りがつく中、アメリカはアジアにおける商業上の利益を守るために、アクセスを重視する本来のアジア戦略へと戻りつつある。
それは、当然日本も含めた同盟国との一層の連携を必要とする。来る日米首脳会談でも、日米同盟を深化させる様々な具体案が打ち出されることだろう。だが、問題はパキスタンで反米勢力が勢いを増し、タリバンと組んでアフガンを不安定化させていることである。パキスタン・アフガンの情勢安定は、アメリカがアジア戦略を立て直すための前提である。日米首脳会談で野田佳彦首相がオバマ大統領にまず伝えるべきことは、パキスタン・アフガンの安定に日本が貢献しうることが何かということであろう。
民主党政権は、小泉政権が始めたインド洋での給油支援が国際的に評価されていないとしてこれを打ち切り、代わりにアフガンに対する総額50億ドルの民政支援を打ち出した。しかし、日本が給油支援をしていた合同任務部隊はタリバンの主要な資金源である麻薬の密輸を取り締まるという重要な役割を担っていた。
また、主な補給対象はパキスタン海軍であり、パキスタン軍を対テロ戦争に関与させるという重要な役割も果たしていた。職業訓練や教育などの民政支援が重要なことは当然だが、テロ組織の資金源を断ち、パキスタン軍に広がる過激思想を改めさせるために、日本には戦略的な支援が求められている。
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