2500ドルまでチケットが高騰
2011年にトニー賞を受賞した「ザ・ブック・オブ・モルモン」のチケットは一時477ドルまで高騰した。2020年現在は平常価格に戻り、一番安い席は69ドルで入手できる。
また2017年に歌手のベット・ミドラーが限定期間だけ主演したリバイバルミュージカル「ハロー・ドリー」は、ミドラーが出演していた期間は最高価格が1450ドルまで高騰。主演キャストが変わった次の週には、39ドルまで下がった。
2015年にオフブロードウェイからスタートして半年でブロードウェイに移ったミュージカル「ハミルトン」は、2016年には11部門でトニー賞を受賞。ピューリッツァー賞演劇部門まで受賞して話題を集め、一時は2500ドルまでチケット単価が上昇した。現在でも最低価格199ドルより下がる気配はない。
このダイナミックプライシングは、軍資金に余裕のある人々にとってはメリットもある。
かつては人気のあるコンサートは瞬時にして売り切れ、ファンたちはチケット発売日の前日に徹夜で並んで買ったものである。だがダイナミックプライシングのおかげで、現在ではお金さえ出せば大概のチケットは直前でも手に入る。残り少ない席は、一般人に手が届かないような価格で販売されているためだ。
その一方で予算に限りがある一般市民は、常に情報に目を光らせて、大手メディアなどで話題になる前に先手を打っていかなくてはならない。
企業と消費者の知恵比べ
ダイナミックプライシングを支えている大きな要素はインターネットの普及である。アメリカの航空運賃、ホテル代などは検索歴が高いものほど、自動的に価格が上がっていくように設定されているためだ。筆者もホテルの予約に失敗して、何度も痛い目に逢ったことがある。いったんキャンセルして取り直すと、残りの部屋数は同じにも関わらず、価格が上昇していたのだ。
アプリを使って配車サービスをするウーバーも、需要の多い時間帯には価格が上がる。スマートフォンで何度も同じルートの価格を検索するうちに、みるみる値段が上がっていくのがわかる。
ダイナミックプライシングは、需要と供給に基づいて料金が変動していくといえば聞こえが良いが、はっきり言ってしまうなら人の足元を見て利益を上げようという企業ポリシーである。庶民のささやかな抵抗としてこのシステムを欺くには、クッキー歴を削除する、あるいはグーグルのincognito modeを使って閲覧歴を残さないように設定して検索するなどの方法がある。特に海外でホテルや航空券の価格リサーチをするときは、この方法がお勧めだ。
予算がなければ知恵を使う。企業と庶民の知恵比べの象徴の一つが、このダイナミックプライシングなのである。
■「AI値付け」の罠 ダイナミックプライシング最前線
Part 1 需給に応じて価格を変動 AIは顧客心理を読み解けるか
Part 2 価格のバロメーター機能を損なえば市場経済の「自殺行為」になりかねない
Column ビッグデータ大国の中国で企業が価格変動に過敏な理由
Part 3 「泥沼化する価格競争から抜け出す 「高くても売れる」ブランド戦略
Part 4 データに基づく価格変動が社会の非効率を解消する
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