イラクで観光旅行してみたら 

2020年4月11日

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伊藤めぐみ (いとう・めぐみ)

中東在住ジャーナリスト

ホームページhttps://itomegumi1483.wixsite.com/website
1985年生まれ。紛争、思想、歴史をテーマに取材。2002年中米ホンジュラス共和国に1年間留学。中部大学卒業国際関係学部、東京大学総合文化研究科相関社会科学修士課程で社会思想を専攻。
2011年よりテレビ番組制作会社ホームルームに入社し、イラク戦争、ベトナム戦争、人道支援、障害者、町工場などをテーマにドキュメンタリーを制作。2018年よりフリーランス。
2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ イラク戦争 日本人人質事件…そして』を監督。第1回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。イランの映画祭、Cinema Vérité ; Iran International Documentary Film Festival、アメリカ・ロサンゼルスの映画祭 LA Eiga Fest でも上映。NHK BS1『命の巨大倉庫』がATP賞奨励賞を受賞。ベトナム戦争についてのルポルタージュが潮ノンフィクション賞にノミネート。
現在、イラククルド人自治区のクルディスタン・ハウレル大学修士課程に留学中。

誘拐される妄想と城の幻想

要塞の中にはモスクや浴場もあった

 一瞬、打ち解けたかと思ったが、雰囲気というものは、ころころ変わる。

 再び移動してイラクにある大昔のキリスト教教会跡を訪れた。私は興味津々だったのだが、しかし、アリ・ブナヤンはアラビア語で喋り続け、ラフィッドは通訳をすることなく自分の質問を続けるのだ。「待って、これ何?」と引き止めることの連続で惨めになる。

 いつの間にかアリ・ブナヤンとラフィッドが話し込んで2人で方向を決めて歩いている。私はいじけた子どもみたいになって高い畝を1人で歩いていた。

キリスト教会跡、発掘された陶器のかけらがそのままになっていた

 再び移動。車で私は黙りこくってひたすら窓の外の景色だけにすべての気遣いを捧げる。費用を払っているのは全部私なのに。ささやかな抗議だ。ともかく3つの場所を訪れると聞いていたので、この日の予定はこれで終わりだ。後はカルバラのホテルでバタンキューとするだけ。

 ところが帰り道の途中、我らのタクシーが道路をはずれた。畝を乗り越え、少し進んだところでキュッと車を停めた。トイレ休憩でもするのだろうか。ドライバーが近くにいた兵士と話し、ラフィッドがさっと車を降り、続けてアリ・ブナヤンも降りようとしている。何事が起きたのか。今日、訪れるはずの場所はすべて行ったはずだ。もしかして…。

 「これは誘拐ではないのか」

 私は最悪の事態を想像した。数々の誘拐事件も案内人が別の組織に売ったことで起きている。ラフィッドも最初は市内から外れた場所に少人数では行きたくないと言っていた。何が起きても誰もしらない。もしかして…。そんなことを2秒ほど考えていたらアリ・ブナヤンのきょとんとした顔がこちらを見た。

 「レッツゴー!」

 無害そうな顔で私を騙す気なのだろうか。

 「へ?どこへ?」

 「渓谷だよ」

 3カ所といっていたのに、いきなり4カ所になるのはなぜ?

 誘拐妄想をストップし、とりあえず車を降りた。

 「あっちに渓谷があるの!」

 とラフィッドがいう。私のぶつくさした態度に気づき始めたのか、

 「どうしたの? 疲れた?」

 気を遣ってか、ご機嫌とりかで話しかけてくれるも、子どもを相手にあやしているようで余計に腹が立つ。さっさと見て、さっさと帰ろう。そうしよう。そのつもりだった。そう思っていたのだが、少し高くなった砂の山を乗り越えて目の前に現れた光景をみたら、私は感嘆の声を抑えることができなかった。

 岩でできた城が砂山の向こうに姿を現したからだ。小高い岩の上に古代ローマの神殿造りのように太い柱が並んでいる。全体的に丸みを帯びた形がまたなんとも美しいのだ。

小さな砂山を超えて現れる岩の城

 ラフィッドは説明をしてくれた。

 「ここでは、えーっとなんて言うんだっけ、えーと、ここで大昔の人間が発見されたのよ」

 「大昔の人間って、えーと、ネアンデルタール人とかそういうの?」

 「そう、それ!」

 今の人類にもつながるのが新人クロマニョン人で、それよりもさらに古い人間が旧人のネアンデルタール人。ネアンデルタール人はヨーロッパから西アジアまであちこちで発見されており、その1つがここで見つかっていたのだ。

 待てよ。ネアンデルタール人は岩の城を作れるほど、手先は器用だったろうか。よくよく見てみて気づいた。城ではなかった。自然に岩が削られてそれが柱のように残っているだけで、それは城でもなんでもない自然の姿だった。

 「ラフィッド、あれお城みたい!」

 「そう、それ私もそう思ってた」

 「っていうか、本当にお城だと思ってた!」

 もうこの頃には拗ねるのも次第にどうでもよくなって、ただただこの感動を味わいたい気持ちにかわってきた。

 ここはアル・タル渓谷と呼ばれる場所。アリ・ブナヤンはマイペースに岩の柱のあるところまで登り、細い体を生かして柱と柱の間にするりと入り込んだりしている。ラフィッドが「サルみたいだ」といって笑う。ラフィッドもアバヤをまたしてもたくし上げて砂地の山をせっせと登っていた。

柱の奥は思ったよりも奥行きはない。ここも日本の調査団によってかつて発掘作業が行われたとアリ・ブナヤンが教えてくれた
ラフィッドが「甘やかしすぎかしら」と言いながら、私とアリ・ブナヤンの写真をたくさん撮ってくれた

 3人でギャーギャーいいながら、急な岩やら、滑る砂の斜面、細い洞窟の中を覗き込んだ。一緒になってはしゃげるのが嬉しい。本当はもっとちゃんとした言葉でしゃべりたい。でも、こうやって騒ぐ時間も嫌いじゃない。

 この夕方、まだ日が明るいうちにカルバラ市内に戻った。

  
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