定年バックパッカー海外放浪記

2020年7月19日

»著者プロフィール
閉じる

高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

(2019.10.3~12/3 62日間 総費用18万2000円〈航空券含む〉)

マハラジャのために殉死したハーレムの女たちの手形

ジョードプル旧市街のバザールから望むメヘランガール城の威容

 ラジャ―スターン州にはジャイプール、チットルーガル、ジャイサルメールなどに世界遺産にも登録されている丘陵砦群と呼ばれるマハラジャ(ヒンズー教徒)の宮殿城塞が残されている。

 イスラム教のムガール帝国に対抗してラジャスターンに割拠していたヒンズー教徒のマハラジャ(藩王)が砂漠地帯の丘の上に宮殿兼城塞を築いたのである。中でもジョードプルのメヘラーンガル宮殿城塞は圧巻である。当時のマハラジャの絶大な権力と富を偲ばせる。

 巨大な城門をくぐって城内に入ると城門の内側に朱色の小さな手形が並んでいた。オーディオ・ガイドによると19世紀半ばに逝去したマハラジャの火葬に際して一緒に殉死した后妃や愛妾たちが宮殿城塞を去る時に記念に残した手形であるという。

 后の手形の下に約30人の手形が残されていた。現代の成人女性と比べるとかなり小さい。オーディオ・ガイドでは『ハーレムの女性達の魂はマハラジャと一緒に火葬の煙とともに天国に昇って行った』と何やら彼女たちの至上の愛や貞節を称賛するような解説であった。

城門に残されたハーレムの女性たちの手形

 この解説に違和感を抱いた。女性たちがマハラジャへの愛情のために生きたまま火葬される殉死を受け容れて従容として宮殿城塞を去ったというのはマハラジャの権威を高めるために当時の男性為政者により作為的につくられたフィクションではないか。

 イスラム教のムガール帝国では殉死禁止令を出していたし、さらにインドを統治した英国は1829年に殉死禁止法を出している。

 ヒンズー教による寡婦殉死(サティ)という風習は古代から存在するというが、インドでは現代でも数年に一度くらい名誉殺人などと呼ばれる忌まわしい事件が起こっている。

 殉死しない寡婦を夫の親族が無理矢理に火葬台に投げ込んだり、逃げた寡婦を惨殺するというケース。さらにはカースト制度における身分違いの恋愛に対して男性側の親族が女性を殺すというようなニュースも聞く。

 そしておぞましい集団強姦事件は大都市ですら頻発している。極端な男尊女卑的風習の残滓なのだろうか。

手工芸品の内職で女性の地位向上を目指すNGO

 グジャラート州のパキスタン国境に近いカッチ湿地帯の中心ブージに滞在して独自の手工芸品で知られる周辺の村落を周遊した。

 幸いなことに偶然インド伝統工芸に詳しいSさんという女性と同行することになった。彼女は芸術大学を卒業後長年にわたってフェア・トレード商品の販売ショップで世界各地の伝統工芸品を紹介してきた。

 スムラサール村で伝統工芸の製作風景を見学しようと思ったが、あいにく当日はヒンズー暦の祭日で工房は閉まっていた。刺繍製品を展示したショップだけが開いており男性スタッフが案内してくれた。

 米国のファンドが資金提供してNGOがデザイン学校をつくり少女を集めて教育して現代の消費者の嗜好や流行にマッチした“商品”を作っている。少女たちは結婚してからも家庭での内職として刺繍製品をつくっている。およそ村全体で60~70人の女性が内職しており、商品はデリー、ムンバイ、コルカタなどの大都市のショップで販売している。

 伝統的デザインの刺繍製品では土産物屋で物珍しさから観光客が買う程度で安定した現金収入にならない。大都市の消費者をターゲットにした商品戦略で現金収入を得ることで女性の地位向上を図るというのがNGOのプログラムであった。

ジャイサルメール城塞の門前で売られていたインド・キルトはどれでも1枚1000ルピー(約1500円)

関連記事

新着記事

»もっと見る