2022年11月26日(土)

定年バックパッカー海外放浪記

2020年7月19日

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高野凌 (たかの りょう)

定年バックパッカー

1953年、横浜生まれ。神奈川県出身。大学卒業後は商社、メーカー勤務を経て2013年定年退職。2014年春から海外放浪生活を始める。放浪歴は地中海、韓国、インドシナ半島、インドネシア、サンチアゴ巡礼など。サラリーマン時代は主として海外業務に従事。ニューヨーク、テヘラン、北京にて海外駐在を経験。身長170センチ、57キロ。獅子座。A型。現在2人のご子息は独立し、夫人との2人暮らし。孫1人。

結婚により職業教育を断念する女性

 二ローナ村では現存するローガン・アートの唯一の工房を訪問。ローガン・アートは布に樹液と染料を混ぜた粘り気のある液体で図案を描く伝統工芸である。モディ首相がオバマ大統領に贈呈した作品もこの工房で作られた。

ローガン・アートの図案は熟練の技巧の賜

 2人の兄弟とその息子および孫を含めて一族10人の男性が伝統技巧を継承している。工房には女性は1人もいない。何年か前に伝統工芸の継承と女性の職業教育として行政の肝いりで村の少女延べ300人余りに技術を伝授しようとしたが結局上手くいかなかった。

 ほとんどの少女は結婚を機に訓練を断念。数年間の訓練では単純なドット(点)を打つことしかできず、直線や曲線を描くことはできない。結婚すると夫は妻が他の男と接触することを禁止するため見習い修行を断念せざるを得ないという。

 別の村の工房で奥の間に民族衣装で盛装した女性がいたので写真を撮ろうとしたら旦那が出てきて丁重に断られてしまった。旦那の説明によるとこの地方では若い既婚女性が成人男性と話すことは反道徳的であり恥ずべき行為とのことであった。

男性社会の工房で修行する日本人女性

 ブージからローカルバスで約1時間揺られてアザラクプール村へ。日本人女性Rさんが働いているというブロック・プリントの工房を訪ねた。ブージで投宿しているホテルのオーナーからデザイナーの日本人女性がいると紹介されたのだ。

 事前に電話でRさんに聞いたところRさんは日本で売れるデザインを考案してブロック・プリント製品にしようと工房で1年前から修行していた。この話を聞いてピンときた。

ブロック・プリントのベテラン摺師

 筆者は20年前のパキスタンのパシュミナのショールを思い出した。元来パキスタンの伝統的デザインのショールは地元の女性向けで国際商品ではなかった。ところが欧州のデザイナーが単純なパステルカラーのパシュミナのショールを有名ブランドで売り出したところ、一気に国際商品となり日本の百貨店でも高値で売られるようになった。パキスタンの現地では数千円のショールが百貨店では数万円で飛ぶように売れたのだ。

 さらに数年前にネパールのカトマンズで出会ったイタリア人デザイナーのD氏はネパール、チベット、モンゴルでカシミヤ、パシュミナの原毛を仕入れて現地で染色まで加工して欧州の有名ブランド向けに出荷していた。やはり伝統工芸品は市場商品化することで珍奇なローカル物産から国際商品に変貌するのだ。

 残念ながらRさんは急用ができて会えなかったが、Sさんに解説してもらいながら工房を見学することができた。工房の作業は工程別に完全な分業制であった。図案を木製ブロックに彫る彫師、木製ブロックにインクを付けて布に模様をつけてゆく刷り師、そして布全体を染料で染める染師、そして芝生の上で乾かす見習工。

 やはり工房の職人は全員男性であった。女性のRさんが工房に受け入れられるまでに紆余曲折があったと漏らしていたことを思い出した。

大阪のHさんは手工芸品のプロデューサー

 アザラクプール村のバス停近くにモダンな建物のカッチ地方の村々の手工芸品を紹介する博物館とショップがあった。この施設は地方政府と外国のNGOの支援で建設された。

 ショップでSさんは日本に紹介するために10点ほど仕入れた。案内してくれたマネージャーの青年によると大阪出身のHさんという女性が熱心に支援してくれているという。Hさんは日本の博物館の学芸員(curator)でカッチ地方の手芸品を日本に紹介する活動をしている。

 青年も前年にHさんに同行して大阪~京都~東京を訪問して各地の百貨店で展示即売会を開催した。カッチ地方の女性が現金収入を得て生活水準を向上させて社会的地位を高めることがHさんの活動の目的だと敬意を込めて熱弁した。

 インドの貧しい女性の権利と地位の向上のために日本人女性がそれぞれに活動していることを知って誇らしく感じた。

次回に続く

  
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