2022年8月12日(金)

使えない上司・使えない部下

2020年9月11日

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監督は技術ではなく、頭の中をほめているんです

 自分にとって、本当によい監督がたくさんいました。特に影響を受けたのは、浦和レッズのミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現 北海道コンサドーレ札幌監督)。価値観を大きく変えてくれました。最初に言われた言葉は、「これから、啓太はサッカーが一番上手くなる時期を迎える」。その時、30歳。選手が最も成長するのは10代半ばから20代半ばまでぐらいだろう、と思っていたんです。だから、「監督は私のモチベーションを高めようとしているんだろうな」と感じました。

 振り返ってみると、30歳以降が最も上手くなった時期になったのです。それにはたとえば、監督に私の力をさらにレベルアップをするための明確な戦略があったり、トレーニング方法がありました。それでも、はっきり言って当時の私の年齢では足元の技術のレベルはもう変わらない。監督は脳の中を変えるしかない、と思っていたのかもしれませんね。私は頭の中で「こういう場合は、こんなプレイができる」とイメージが固まっていたのです。そのような意識になると、成長していくことが難しい。

 できないことができるようになるのが、「成長」だと思うんです。監督は、それを常に選手たちに意識させる。「あなたが今、持っているものだけじゃないんだよ」と投げかけ、気づいていない力に気づかせてくれる。そして、挑戦して失敗しても、その時の自分自身のリアクションが大事だと感じ取らせてくれる。たとえば、チャレンジして失敗した場合は、めちゃくちゃほめます。

 監督は技術ではなく、頭の中をほめているんです。それが、選手たちにだんだんとわかってくる。チャレンジしたい意欲が湧いてくる。選手は、監督が考えつかないようなアイデアを出すようになる。頭を使い、状況判断ができるようになる。それが、成長なのかなと思っています。

 逆に、選手に脳を使わせないようにしてしまう監督はプロになる前までさかのぼると、いましたね。どちらかと言うと、そのような監督は「俺の言うことになぜ従わないんだ!?」「俺の言っているとおりに、どうしてしないんだ!」といった意識が強かったように思います。それが選手の発想やアイデアを破壊してしまう場合もあったように感じます。

 それほどに、選手の脳を活性化させる監督は珍しいんです。ほとんどの場合が、選手の能力を最大限に伸ばそうとするよりは、チームとしての規律を優先します。チームの状況や成長のステージによって、指導のあり方は変わるとは思いますが…。どのタイミングでどういう指導をするのか、といったことでもあります。私は、監督ともっと若い時に知りたかったと思ったほどです。それでも、現役の最後に出会えて幸せでした。成長して引退を迎えることができたからです。

 (1998年~2002年日本代表監督の)フィリップ・トルシエさん? 私は、トルシエさんとは接点はなかったのですけれど、とてもよい監督と思っていました。トルシエさんは、当時の選手たちの若い頃、ユースの時から試合を見ていたんです。それで結果を出した選手を代表の軸に据えました。互いの信頼関係があったから、いろいろと選手に言っていたのだと思います。若い選手たちも意見をぶつけていたようです。言い合える環境を整えていたのでしょうね。その意味では、ものすごくよい監督だなと思います。

 (2006年~2007年日本代表監督の)イビチャ・オシムさんは、言葉では言い表せないほどにすごい。オシム監督に、頭の中を観察されている気がしていました。観察力が鋭い。誰と誰が食事の時に、何を話しているかも見抜くんです。怖い…。選手やステッフにルーティン化させないのです。「常になんでもできるように、気持ちの準備はしておけ」というようなことを教えられる。半年から1年経つと、どのようなことが起きても、すぐに対応できる心の準備ができる。

 監督からすると、そのような体制にするためには忍耐が必要だったかもしれません。選手やスタッフのアイデアには、「ブラボー」と言ってよくほめてくれました。どのようにしたら選手やスタッフが成長するんだろう、と常に考えて準備していたのだろうと思います。思いつきでは、あの指導は絶対にできないんですよ。

 監督には、たくさんの引き出しがありました。例えば、ある練習をしたとします。うまくいかないと、「選手の今のレベルに合っていない」と他の練習にすぐに移る。スタッフや選手は、常に心の準備をしていないといけない。それが、トレーニングにもなる。すべてにおいて無駄がない。きっと、監督の心の中ではあらゆる準備ができていたんだと思います。私たちが、オシムさんの手のひらの中で転がされていたんでしょうね。

 (1997年~1998年、2007年~2010年日本代表監督の)岡田武史監督は、常に結果を出す人だと思います。たとえば、2003年に横浜F・マリノス監督に就任し、1年目で完全優勝しました。オシムさんの後に代表監督となり、2010年のワールドカップでベスト16までいきました。

 岡田さんは、仕上げをする監督だと思います。オシムさんがその後も監督をしていたら、ワールドカップのベスト8やベスト4になったのかもしれない。一方で、もしかすると予選に落ちたのかもしれません。そのあたりは、わからない一面があるように感じました。岡田さんは常に結果を出していくタイプでしたから、あのような成績を残すことができたのではないかなと思います。

 岡田監督は、オシム監督と比べると特別なことをするタイプではないんです。つまらない試合もあったのかもしれませんが、必ず勝つ試合をしていました。そのようにしていたのは、代表監督として日の丸を背負っていたからだと思います。その意識が、他の監督よりも強かったのかもしれません。日の丸を背負っている以上、負けてはいけないんですよ。

 岡田監督には、他の監督のような時間がなかったのです。たとえば、1997年に日本代表の加茂周監督の後に(1回目の代表監督に)就任した時には4年という時間が与えられていませんでした。だから、負けられないとった思いがますます強くなったのかもしれませんね。

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