2022年8月10日(水)

WEDGE REPORT

2020年10月2日

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知花武佳 (ちばな・たけよし)

東京大学大学院工学系研究科准教授

専門は河川工学。1975年兵庫県生まれ。98年3月東京大学工学部土木工学科を卒業後、同大学院修士課程、博士課程を修了。博士(工学)。その後同大学院工学系研究科にて、研究員、助手、講師を務め、2010年11月より現職。

 この「想定される最大の降雨量」は、一年あたりに生じる可能性が0.1%、すなわち1000年に一度と表現される規模に相当することが多い。しかし、多摩川の河川整備における最終目標は、「200年に一度の雨でも溢れない川」であり、2日間で488ミリの雨までを流下させようとしている。そのため、2日間で488ミリを上回れば、河川整備が完了しても氾濫してしまう。加えて、その目標達成はまだまだ先で、今後20~30年で到達しようとしている目標は、1964年に東京都狛江(こまえ)市で堤防が決壊した時に降った「2日間で388ミリ程度」の雨量に耐えうる川である。

 現状では、この目標にも到達していない箇所が点在しており、2019年10月の台風19号では多摩川沿いの数カ所で氾濫が発生した。このように、河川堤防には、高さが足りない場所や、堤防が変形しやすい箇所、堤防下の地盤で水が抜けやすい箇所など、氾濫の可能性が高い危険箇所が存在する。

 こうした氾濫の可能性の高い所がわかっているならば、そこを強化すれば良いだけのように感じられるが、土地の所有者の合意が得られなかったり、そこを補強すると別の地域のリスクが増大したりと、さまざまな事情があって補強できていないものもある。既に道路や線路があることから、必要な高さや幅を確保できない堤防も多い。

 こうした危険箇所は、「重要水防箇所」として特定・公開されているが、地域住民の多くは認識していない。冒頭で述べた球磨川の12カ所の氾濫あるいは破堤箇所は、すべて重要水防箇所であった。

 また、多摩川で200年に一度の雨でも溢れないように治水事業を進められているのは、本川と一部支川の中下流域のみであり、上流部や支川は川の規模に応じて低めの安全度を目指して整備が行われている。例えば、丘陵地の住宅街で、水路のような小河川をみることがあるが、これらは数年に一度の雨(正確には毎年の発生確率が10%以上)で溢れてもおかしくないものが多い。

 さらに、ここまでの話は河川の氾濫(外水)についてであって、窪地に水がたまる内水は別である。このように、同じ多摩川沿いの地域であっても、氾濫が始まる雨量はさまざまであり、これに暴露率と脆弱性の違いが加わって、不均質なリスク分布が生じている。

 こうした河川整備の実情は、氾濫危険水位など、各水位の設定の根拠にもなっている。各水位は、水位観測所の上下流の一定区間(これを受け持ち区間と呼ぶ)全体の状況を踏まえて設定されている。例えば前頁の上図で示した渡水位観測所の受け持ち区間は球磨村から人吉市にかけての十数キロに及ぶ。その氾濫危険水位が計画高水位よりずいぶんと低い8.7メートルなのは、この水位に達した時点で、この区間のどこかで、氾濫が始まると想定されているからである。

 ぜひ、どこでもよいので平野部の地図をみてもらいたい。平野いっぱいに水田・宅地が広がっている中に、多少幅のある線として川が描かれている。これまでの治水は、いかにしてこの線の中に水を押し込めるかであった。しかし、近年の浸水状況をみると、こうした行為の限界が感じられる。

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