中国の海洋進出と密接に関わる核戦略
今回のASEAN関連会議出席にあたって、玄葉光一郎外相はアメリカのクリントン国務長官と歩調を合わせ、国際法に基づいた南シナ海問題の平和的解決と「行動規範」の策定を関係諸国に呼びかけた。しかし、経済的な影響力を駆使してASEANを見事に分断した中国が聞く耳を持つことはなかった。日米は外交で負けたのである。
南シナ海は日本にとって死活的な海である。日本の貿易の7割がこの緊張が高まる海を通るため、南シナ海の航行の自由が日本の国益であることは言うまでもない。だが、より重要なことは中国が戦略ミサイル原子力潜水艦を南シナ海に配備して対米核抑止力を高めようとしていることである。
中国は弾道ミサイルを発射可能な「晋」級原潜を5隻程度導入しているとみられ、南シナ海に浮かぶ海南島に潜水艦用の海底基地も完成させたようである。同時に、推定射程距離8000キロのJL-2ミサイルも開発中である。「晋」級原潜がJL-2を搭載すれば、南シナ海からグアムやハワイを核攻撃できるようになる。南シナ海から太平洋に出れば、ロサンゼルスやサンフランシスコを狙うことも可能となる。中国の原潜がアメリカ本土に核攻撃できるようになれば、米国の核の傘の信頼が揺らぎ、日本の安全保障に深刻な影響をもたらす。
中国が南シナ海で目指すのは、領土や資源の獲得だけではない。中国の海洋進出は核戦略と密接に関わっている。これを理解しなくては全体像を見失い、適切な対応策を打ち出すことはできない。日本政府のこれまでの立場は、領有権問題には介入せず、当事者間の交渉による平和的解決を期待する消極的なものに過ぎない。これからは、中国が南シナ海で覇権を打ち立てるのを阻止するより積極的な諸策が必要である。
日本も積極的な関与を
まず、ASEANへの経済的なてこ入れを強化する必要がある。日本は東南アジア諸国に政府主導で開発援助を行ってきたが、中国は官民一体となってASEAN各国と経済的関係を強化している。
たとえば、カンボジアに対するここ10年の投資総額は中国が約89億ドルなのに対し、日本は5億ドルに過ぎない。2007年に日本はカンボジアと投資協定を結び、その額は増えてはいるが、中国の存在感の大きさに変化はない。カンボジアやラオスは人件費が高騰する中国やタイからの生産移転先としても有望であるし、それを支える法制度も比較的整っている。日本も官民を挙げたASEAN諸国との経済関係の強化に乗り出すべきである。