2024年11月25日(月)

WEDGE REPORT

2020年10月28日

 しかし、そのような進歩的な意見を持つ専門家たちはトランプ氏による米国のTPP離脱の後、次第に声を上げなくなってしまった。そして中国国内では国営企業という巨大な権力集団を背景とする「守旧派」が幅を利かすようになり、国内の構造改革は一層遅れ、国営企業の整理統合が進まないことで米国との経済摩擦がさらに激化するという悪循環に陥っている。米国のTPP離脱は皮肉にも中国国内の改革志向勢力を弱体化させる結果になった。

 そんな中国にも変化のシグナルが表れ始めている。19年6月、主要20カ国・地域(G20)大阪サミットを前に、中国の有力シンクタンクの一つである中国現代国際関係研究院から副院長以下6名の調査団が来阪し、筆者と意見交換した。多くの時間を費やしたのはG20ではなく、TPPについての質疑応答であった。質問内容から中国の専門家の間ではTPPについての研究調査が相当進んでいるとの印象を受けた。

 今年5月、中国の第13回全国人民代表大会(全人代)終了後の記者会見で李克強首相はTPPについて問われて「中国は前向きで開放的な態度をとっている」と発言した。中国の首相が公の場でTPP11への参加に言及したのは初めてのことであった。ある中国の研究者によれば、中国は度重なる米国との交渉を経て実質的にはTPPレベルのルールに適合可能なレベルに達しつつあり、TPP11への参加は実態として必ずしも困難ではない、との見方もあるようだ。

 こうした動きを見逃すべきではない。折しも中国には米国なき後のTPPをまとめ、EUとのEPAを締結した日本の経済外交に対する一定の評価が定着しつつある。日本の対米貿易交渉の歴史から学ぼうとする姿勢も先述した訪日調査団から窺える。日本はこの機会をとらえ、中国との対話の窓口はオープンにしておきつつ、米国を早期に復帰させる手段の一つとして、逆説的だが中国をTPP11に取り込むことを真剣に考えてみるべきだろう。

 しかし、それは中国を「お客様」としてTPP11にお迎えするということでは決してない。むしろTPP11のリーダーとして日本が主導し、加盟国とも一枚岩となり、市場アクセス交渉では「例外なき関税撤廃」を求め、既存のルールについては、国営企業関連のものも含めて決して変更することなく適用するとの「原則論」を中国に求める必要がある。

 もとより中国が加盟したいと希望するならば、日本や加盟国はいわゆる「take it or leave it」の姿勢で対中交渉に臨めばよいのである。日本はじめ加盟国の企業にとってみれば、巨大な中国市場は魅力的であることは間違いない。だが、TPP11を後から参加する中国の意向を反映した内容に変更する必要は全くない。

 また、中国とTPP交渉すると米国が黙っていない、と米国の出方を心配する向きもあろう。しかし、そこは日米関係の信頼度の深さを試す試金石かもしれない。日本としてはあくまでも米国と同じく市場原理に従い、TPPで15年に米国とも合意した高度なルールを中国に受け入れさせるのだということを説得すべきだろう。

 ある意味で日本は米国の「代理人として」中国と交渉するのであり、米国がTPPに復帰すれば米国もその利益を享受できると主張することで、米国の復帰を求めることもできる。米国が復帰すれば、将来の中国の参加を見据え、さらなる高レベルの貿易自由化と時代先取り的なルールづくりを行うことができるだろう。米中と交渉する一方で、同じくTPPに参加したがっている台湾との交渉も並行して行うことも可能である。こうした戦略をとることで、日本は「米国か、中国か」という最悪の二者択一を回避し、対米と対中の両面で日本にとって最善の外交的利益を実現することができる。


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