日本のEPAはマルチ志向
「メルコスール」に注目を
対米、対中関係を念頭に国際貿易を考える際、今後重要になるのは南米大陸の大西洋側とアフリカ大陸である。これらの地域とは日本はまだEPAを交渉していない。本稿では前者、具体的にはブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの四カ国からなる「メルコスール」と呼ばれる南米共同市場の重要性を強調しておきたい。
米国は伝統的に南米を自国の「裏庭」または「影響圏」のように見なしてきたが、近年南米への中国の進出には目を見張るものがある。米中摩擦が激化するなか、中国は大豆の輸入先を米国からブラジルに大きくシフトした。
日本もブラジルだけで約200万人の日系人がいることに象徴されるように移民を媒介要素とする深い関係があるが、必ずしもこの「財産」を関係強化に十分生かしていると言えない。同じ南米でも太平洋側の諸国とはペルーやチリ、コロンビアのように既に二国間EPAを締結済みか交渉中であるが、大西洋側の国々とは交渉の糸口も掴めていない。
メルコスールは南米全体の人口の約7割に当たる2億6000万人、GDPは約2億8000万ドルであるが、この地域の輸出相手国のうち日本の割合は全体のわずか2.0%、輸入でも2.2%に過ぎない。この地域は今後も人口増が見込まれ、例えばブラジルでは0.8%、アルゼンチンでは1.0%の増加(いずれも17年の増加率、世界銀行)となっている。年率0.2%減の日本から見ると着実に拡大し続ける魅力的な市場である。
またこの有力な市場は日系移民の積年の努力のお陰で日本人と日本製品に対する信頼と信用が確立している。メルコスールとのEPAはこの信頼と信用をさらに強固にするきっかけを提供し、「ブランドとしての日本」の存在感を地球の裏側で向上させるポテンシャルを有している。
日本は21世紀に入って貿易政策を活発に展開している。今年2月時点で既に21カ国・地域と18件のEPAが発効済みまたは署名済みで、その中にはTPP11や日EU・EPAのようなメガFTAも含まれる。
日本のEPA政策がスタートした02年の10月、外務省経済局は『日本のFTA戦略』という外務省としては初めてのFTAに関するポリシーペーパーを発表し「マルチ(多国間主義)を補完するFTA」という原則を盛り込んだ。EPAやメガFTAで「仲間づくり」をして「クリティカル・マス」を形成し、徐々にボトムアップでWTO体制の中に新たなルールを注入していくアプローチである。
このペーパーから約20年が経ち、日本の通商戦略はいよいよフル稼働の状態を迎えつつある。トランプ氏、バイデン氏、どちらが大統領になろうとも、日本は、強固な日米関係を基軸としつつ、これまでの国際交渉で培った実績・ノウハウを生かし、新たな世界経済秩序のルールメーキングをしていくべきだ。このまたとないチャンスを生かすことが菅政権に期待されている。
■トランプVSバイデン 戦の後にすべきこと
Chronology 激化する米中の熾烈な覇権争い
Part 1 21世紀版「朝貢制度」を目論む中国 米国が懸念するシナリオ
Part 2 激化する米中5G戦争 米国はこうして勝利する
Part 3 選挙後も米国の政策は不変 世界情勢はここを注視せよ
Part 4 変数多き米イラン関係 バイデン勝利で対話の道は拓けるか
Column 1 トランプと元側近たちの〝場外乱闘〟
Part 5 加速する保護主義 日本主導で新・世界経済秩序をつくれ
Part 6 民主主義を揺るがす「誘導工作」 脅威への備えを急げ
Part 7 支持者におもねるエネルギー政策 手放しには喜べない現実
Part 8 「新冷戦」の長期化は不可避 前途多難な米国経済復活への道
Column 2 世界の〝プチ・トランプ〟たち
Part 9 日米関係のさらなる強化へ 日本に求められる3つの視点
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