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2020年10月29日

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飯塚恵子 (いいづか・けいこ)

読売新聞東京本社編集委員・論説委員

東京都生まれ。上智大学外国語学部英語学科卒。読売新聞入社後、1996年に米フレッチャー法律外交大学院で法律外交修士修了。国際部長、欧州駐在編集委員などを経て現職。著書に『ドキュメント 誘導工作』(中央公論新社)など。
 

 新型コロナウイルスの襲来で、日本社会は世界でも著しい〝デジタル後進国〟であることがはっきりした。菅義偉首相は「デジタル庁」創設を柱に、急ピッチで巻き返しを図ると宣言した。

世界では「情報」をめぐる応酬が絶えず起きている (REUTERS/AFLO)

 デジタル化は、日本の国力強化のため、避けて通れない。が、データや情報の扱いをめぐっては課題も多い。個人情報保護やサイバーセキュリティの確保はもちろん、国民が情報とどう向き合うか、「リテラシー」(読み書きの素養)を養うことも不可欠である。

 なぜなら、こうした情報は、インターネットやソーシャルメディア、そして高度なデジタル技術の爆発的速度と規模により、世論を誘導したり、操作したりできる威力を持つからだ。米欧などでは、政治的意図を持つこうした活動を「influence operations」と呼ぶ。筆者は「誘導工作」と訳している。

 2016年の米大統領選では、ロシアがこの「誘導工作」を広範に展開、選挙戦に介入したことが、後の米司法当局の捜査で明らかになった。それは、現代の「情報戦」の最前線である。高度なデジタル社会への転換を急ぐ日本の近未来も、他人事ではない。

 10月初め、日本のデジタル化に警告を発する事件が立て続けに起きた。

 まず、1日。東京証券取引所でシステム障害が起き、売買が終日停止された。翌2日には、人工知能(AI)を使った「ディープフェイク」の技術を悪用した事件で、警視庁が日本で初めて容疑者2人を摘発した。

 両事件、それぞれに論点がある。

 東証の方は、1999年に取引を全面システム化して以来、初の終日取引停止だった。システムダウンに備えたバックアップも機能せず、世界第3位の取引所は、信頼に傷がついた。

 サイバー攻撃によるシステム障害も疑われたが、専門家によると、現在の東証のシステムでは、可能性は低いらしい。ともあれ、今回の事件で、デジタルに全面依存する危うさを、内外投資家をはじめ多くの国民が実感した。デジタル分野の緊急事態への対処能力を、日本は一層拡充する必要がある。

 厄介なのは、2件目の「ディープフェイク」だ。これは、AIの学習機能を使い、人の口元や眉の動きなどを、別人に合成する技術だ。膨大な試行錯誤を繰り返し、従来の偽動画とは比較にならない精巧な動画が作れる。偽物と見抜くのは、至難の業だ。

 今回の初摘発では、人気女優らの顔を合成したアダルト動画をネット上に公開したとして、名誉毀損と著作権法違反の容疑で2人が逮捕された。

 日本語で「ディープフェイク」を検索すると、アダルト系かポルノ動画しか引っかからない。ところが、英語で「deepfake」と検索すると、「米大統領選」や「国防総省の戦い」などが出てくる。日本ではまだ初期段階だが、米欧などでは、これが「誘導工作」の道具にもなりつつあるのだ。

 ここで、少し整理したい。インターネットやソーシャルメディアで情報やデータが悪用される〝政治の危機〟には、主に二つのタイプがある。

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