NATOはいくつかの研究所を設け、国際会議開催や報告書発表などの啓発活動に余念がない。また、NATO加盟国ではないが、例えばスウェーデンでは、政府が「情報操作対策ハンドブック」をまとめ、18年の総選挙の前に各自治体で「世論操作の見分け方」の訓練を実施した。すべては、国民のリテラシー向上を目指すものである。
さて、この11月の米大統領選はどうなっているのか。米欧の様々な機関や報道の指摘からも、ロシアは当然ながら介入を試みていることがわかる。前述の「ディープフェイク」の駆使など、技術的にも高度化している。
米国に本社を置くIT専門メディアCNETは、「ディープフェイク」の影響力について、「内容そのものよりも、真偽が判別できないディープフェイクの『存在』自体が人々を惑わせる」と指摘する。この惑いが選挙システムの信頼性への疑念を生み、民主主義を揺るがす、という分析は、カオス状態を一段と深めたいロシアの狙いにも合致する。
各国の思惑渦巻く介入工作
日本も脅威認識を高めよ
米国の情報機関を統括する国家情報長官室(ODNI)は8月、ロシアに加え、主に中国とイランが大統領選への介入工作を継続している、との警告を発表した。ロシアはトランプ氏の勝利を望み、中国とイランはトランプ氏の敗北を期待している、と具体的に指摘する異例の内容である。16年の教訓を踏まえた動きともいえる。
注目すべきは、ODNIの警告は、ロシアより中国をトップに据えていることだ。「中国は、自国の国益に反し、批判的な言動をする政治関係者に対し、圧力をかけたり誘導したりする『影響努力』を続けている」としている。ロシアやイランの項目と異なり、具体的な手段は詳述していない。
日本にとって、こうした中国やロシアの動きは他人事ではない。特に、東シナ海での海洋活動などを通じ、政治的な自己主張を強める中国は、目に見える軍事的な動きだけでなく、すぐには感知できない世論操作やサイバー攻撃を本格化させる可能性は十分ある。
16年の大統領選の最大の教訓は、こうした「誘導工作」という脅威に対する認識が米国内で浸透していなかったことだ。デジタル化を進める日本がまずできることは、この脅威認識を高めることである。冒頭で指摘したように、情報に対するリテラシーを上げるため、国民を啓発する取り組みを本格的に始める時が来たといえる。
■トランプVSバイデン 戦の後にすべきこと
Chronology 激化する米中の熾烈な覇権争い
Part 1 21世紀版「朝貢制度」を目論む中国 米国が懸念するシナリオ
Part 2 激化する米中5G戦争 米国はこうして勝利する
Part 3 選挙後も米国の政策は不変 世界情勢はここを注視せよ
Part 4 変数多き米イラン関係 バイデン勝利で対話の道は拓けるか
Column 1 トランプと元側近たちの〝場外乱闘〟
Part 5 加速する保護主義 日本主導で新・世界経済秩序をつくれ
Part 6 民主主義を揺るがす「誘導工作」 脅威への備えを急げ
Part 7 支持者におもねるエネルギー政策 手放しには喜べない現実
Part 8 「新冷戦」の長期化は不可避 前途多難な米国経済復活への道
Column 2 世界の〝プチ・トランプ〟たち
Part 9 日米関係のさらなる強化へ 日本に求められる3つの視点
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