2024年11月23日(土)

Wedge REPORT

2020年12月4日

ネットの世界では、1秒未満が勝負の分かれ目

 「CRAFT X」の缶デザインを担当し「ヘッド・オブ・クリエイティブ」という肩書きの栗山修伍は言う。

 「ログインした人が、広告を見る時間は1秒未満とされています。この間に、どうやって目を引く広告デザインをつくるかがポイントです」。フェイスブックやインスタグラムのプラットフォームを理解できていた栗山は和歌山市出身で、08年に京都芸術大学を卒業し、イタリア・ミラノのSPDで工業デザインの修士を取得。14年には楽天に入社してブランドマネジメント室室長に就く。この時の上司が長谷川だった。楽天総帥の三木谷浩史には、長谷川と二人で海外での広告について頻繁に提案を行う。超多忙な三木谷がとれる時間は、長くて10分間。この時間内に、どれだけコンパクトにして訴えるのかを、二人は毎回工夫を重ねる。

 17年にはフェイスブック・ジャパンに転職し、フェイスブックやインスタグラムに掲載される広告のクリエイティブ戦略を担当する。MOON-Xには19年11月に入る。転職する前日までフェイスブックに働いていたという慌ただしさだった。

 缶のパッケージデザインは、シンプルにするのか、アイコニックにするのかで揺れたが、アイコニックを選択する。この結果、大きく三つあるデザインは、葛飾北斎の『富岳三十六景』にある『神奈川沖浪裏』をベースに採用。色調を変え、北斎の赤富士、歌川国芳のガシャドクロ、などをかぶせている。

 「SNSに掲載する広告デザインは、場合によって2日でつくります。スクロールしている人の親指をどう止めるかに、デザインのすべてがかかります」

 当初から、生産ロットごとに味を微妙に変えている。同じIPAであってもだ。ユーザーの声に応じてであるが、デザインは人を引きつけるトリガーでもある。

 塩谷は「ECで売ろうとしても、誰も知らない商品は売れるものではありません。なので、木内酒造がつくっていると明記しています」と指摘する。

 「CRAFT X」のパッケージには、「Brewed by HITACHINO NEST BEER」と木内酒造のブランドがしっかり刻印されている。その一方で、D2Cの手法を木内酒造にオープンに見せている。

 木内酒造は、工場の稼働率を上げるための下請的な生産ではなく、MOON-Xとの共同開発というスタンスをとっている。

 19年11月から20年10月までの「CRAFT X」ブランドの累計販売量は約4.8万本(1本は350ml)。このうち「クリスタルIPA」が3.7万本を占める。

 月4180円で毎月6缶を届けるサブスクリプション(定額課金)を発売当初の19年11月から始めて、2カ月ほどで限定販売した400ケースを完売する。この結果、20年2月には10億円を超える資金調達に成功する。

 コロナ禍により、飲食店への依存度が高いクラフトビール各社は、大きな影響を受けた。また、人が多く集まるイベントが相次ぎ中止されたことも、痛手となっている。

 この点、飲食店向けに販売していないMOON-Xは「コロナの影響は受けなかった。いまのところ2022年の事業黒字化を目指している」と塩谷は示す。

 ターゲットにしているのは①クラフトビールのヘビーユーザー、②家飲みをする人(昨今のオンライン飲み会も含め)、③ギフト。

 ユーザーは30代から40代が多いが、中高年の女性も一定数を占めるそうだ。料理との組み合わせなど、「ワインのような楽しみ方」を提案している。6缶入りのケースには、組み合わせを推奨する料理のレシピを紹介するリーフレットを添えている。

 木内酒造社長の木内洋一は言う。

 「MOON-Xとは近い関係性が築けている。近いからこそ、忌憚のない話し合いができ、『最高のビール』を目指して一緒に進化していけていると思います。造っている立場から、CRAFT Xはまだ発展途中。D2Cには新しい可能性があり、特性を生かしてお客様の意見を取り入れ、愛されるビールにしていきたい」


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