「新型コロナウイルスの感染拡大により、3月からは売り上げが大きく減少して大変な状態でした。それでも、危機に立ち向かったことで、経営陣からパートさんまで、社内の結束は強まったと感じています。私は戦争を知りませんが、毎日のように空襲があるなかでも、必死に生きようとした人たちの強さを垣間見た思いです」
こう話すのは、クラフトビール「伊勢角屋麦酒」を展開する、有限会社二軒茶屋餅角屋本店(にけんぢゃやもちかどやほんてん=三重県伊勢市)の鈴木成宗社長だ。
今年に入り、1月と2月の売上高は概ね「前年同期と比べ25%増でした」。ところが3月からはコロナ禍により売上高は前年比で「3割から4割も激減してしまいました。5月は最悪で5割ほど落ちました」と告白する。
もともと首都圏への出荷と伊勢志摩観光向けが、売り上げの8割を占めていた。
4月7日には東京、神奈川、埼玉、千葉などに政府は緊急事態宣言を発令し、同16日に全国が対象となった。首都圏の飲食店は休業が相次ぎ、伊勢志摩への観光客も激減していった。
コロナ禍が、それまでの収益構造を破壊した形だった。それでも、緊急事態宣言が解除された後、飲食店の営業が相次ぎ再開。6月中には、同社の東京・八重洲にある直営店も営業再開にこぎつけた。さらに、新宿店もオープンする。
その一方で、クラフトビールブームを背景に”コロナ前”までの成長に安住していたことにも気付かされる。
「EC(電子商取引)サイトにおいて、自社商品のブランド力がまったくなかったのです。これから、半年なり1年を費やして、サイトでのブランドをつくっていきたい」
ある面でのDX(デジタルトランスフォーメーション)だが、コロナ禍による経営への打撃は新たな価値創造に向けた切っ掛けにもなっている。
社内の結束強化に加え、経営革新へとどうやら動き始めている。前提は、従来の収益構造、つまりは”勝利の方程式”を捨てていくことである。その度合は、経営者の鈴木自身が決めていく。
クラフト技で野生酵母を扱い、唯一の品に
さて、ビールは何でつくられるのか。
①主原料の麦芽、②コーンや米、さらにはハーブなど副原料、③ホップ、④水、⑤そして何より酵母。ビールはこの5つを原料に醸造される。
水は醸造所(工場)が立地する場所から取水するが、水以外の麦芽、副原料、ホップ、酵母とも種類は豊富だ。どの麦芽とホップに、どういう酵母をあわせるのか。
その組み合わせは無限である。したがって、ビールはワインや日本酒以上に多種多様で奥深い醸造酒である。
さらに、上面発酵(エールビール)と下面発酵(ラガービール)という二つの醸造方式が加わる。なお、ドイツでは1516年に発令されたビール純粋例がいまでも施行されていて、②の副原料を使用したビールの生産は認められていない(ただしEU市場統合から流通はされている)。
伊勢角屋麦酒は、酵母を主体としているのが特徴だ。2014年に発売した「HIME WHITE(ヒメホワイト)」は、鈴木社長が自ら伊勢市の森から採取した野生酵母が使用されている。
ベルギービールの一種であるランビックなど、世界には野生酵母を使用するタイプのビールはあるにはある。だが、日本をはじめ世界の大手メーカーが手掛ける少品種大量生産型のビールにはない。みな醸造用の酵母を使用している。