業界の秩序破壊の先に見えるものは
「業界を壊していかなければなりません」
塩谷はこう話す。確かに、従来の取引慣行をはじめ諸々の秩序を破壊しなければ、新しい世界には入れない。しかし、破壊するのは簡単なことではない。
特に大企業の場合は、従前の秩序に則って成長を遂げてきたから。経営トップをはじめ幹部はみな、秩序に従順になることで出世した人ばかり。自分たちの成功へのプロセスを、自分たちで否定するのは容易ではないのだ。
業務用の貨物輸送から「宅急便」へと転舵したヤマト運輸(現ヤマトホールディングス)、写真フィルムから化粧品や医薬品へと事業を変えた富士フイルムなど、「変われた」会社はある。しかし、一握りだろう。多くは、イーストマン・コダックのように変われないまま、終焉を迎えていく。「変わらなければ生き残れない」と経営トップが判断していてもだ。
例えば、電気自動車(EV)および、その基幹技術であるリチウムイオン電池(LIB)。LIBは1980年代半ばに旭化成工業によって基礎開発がなされ、91年にソニーが世界で初めて量産化した。カリフォルニア州の環境規制強化に加え、LIBの開発を受けて、世界の自動車大手はEV開発に着手。日本メーカーでは、09年に三菱自工とスバル、10年には日産と、相次いでEVを発売した。
ところが、いまや米EVベンチャーのテスラが先頭を走り、中国メーカーも急成長を遂げている。コロナ禍に対応する各国の金融緩和策から米株式市場に大量の資金が流れているとはいえ、時価総額でトヨタはテスラに20年7月に抜かれ、その差は広がっている。EVの販売台数や時価総額以上に、ネット接続によるアプリの利用拡大、さらに自動運転などの、CASE(ネット接続、自動運転、シェアリング、電動化)に関わる実用化技術で先を越された点は大きい。
つまり、よそ者がムーブメントの中心にいて、世の中を変えている。「一般に自動車は購入後、時間の経過とともに減価償却されて価値は落ちていく。ところが、テスラのEVは一晩経つとアプリがアップロードされ、新しい価値が付加されていく」(シリコンバレーのモデルXユーザー)と話す。
車載用LIBにしても、11年に創業した中国CATL(寧徳時代新能源科技)と韓国LG化学が先頭を走り中韓企業に日本勢は押されてしまっている。2010年代前半までの栄華はない。
ビール業界では、コロナ前の19年までクラフトビールは伸びていたが、大手で積極的に参入しているのは「私が知るかぎりでは、キリンビールぐらいなのではないかと思います」(塩谷)。それでも、流通との長年の取引や商慣行といったしがらみがあり、キリンも他の3社もD2Cといった新しいステージには本気では切り込めないだろう。
スマホをほとんどの人が所有し、宅配便が発達している日本は、D2Cが発展していく可能性は高い。塩谷は「いずれ世界にも打って出ていく」と言う。果たして…。
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