■今回の1冊■
Dark Towers
筆者 David Enrich
出版社 Custom House
トランプ米大統領の資金繰りを助けてきた女性バンカーが2020年暮れ、勤め先のドイツ銀行を退職した。ドイツ銀行はトランプが手掛ける複数の不動産プロジェクトに融資しており、その残高は今でも円換算で300億円を超える。不動産王へのマネーの流れのカギを握る女性バンカーの引退は、大統領を退任した後のトランプの前途多難な道筋を暗示する。
トランプは派手なリゾート開発プロジェクトをぶち上げては、金融機関からの借金を踏み倒してきた過去を持つ。まともな金融機関には相手にされなくなったトランプに、救いの手を唯一さしのべたのがドイツ銀行のプライベート・バンカーだったローズマリー・ブラブリックだった。ブラブリックがトランプに食い込み数々の不動産プロジェクトに融資をつけたのは、2010年代に入ってから、つまりトランプが大統領になる直前の時期にあたる。
マイアミのゴルフ・リゾート「トランプ・ナショナル・ドラル」や、首都ワシントンDCの歴史的建造物である「オールド・ポスト・オフィス」を、トランプ・インターナショナル・ホテルに改築するプロジェクトに、ドイツ銀行は相次ぎ融資してきた。トランプの不動産王としての近年の実績は、ドイツ銀行の存在抜きにはありえなかった。
そのドイツ銀行のなかにあって、どの銀行も門前払いしていたトランプへの巨額の融資をとりまとめてきたのがブラブリックだ。テレビの単なる人気者にすぎなかったトランプに、成功した実業家としてのお墨付きを与えたわけだ。トランプが2017年1月の大統領就任の宣誓式に、ブラブリックをVIP席に招待したのも不思議ではなかった。
今回とりあげるベストセラーは、一時は世界最大の銀行となったドイツ銀行の無軌道な経営ぶりを告発するノンフィクションで、ドイツ銀行とトランプ帝国の不透明な関係にも詳しい。本コラムでとりあげるのが遅くなってしまったが、本書はニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)で、2020年3月8日付に初登場し2位につけた実績をもつ。本書はトランプとドイツ銀行の蜜月について次のように書いている。
In fact, for nearly two decades, Deutsche had been the only mainstream bank consistently willing to do business with Trump. It had bankrolled his development of luxury high-rises, golf courses, and hotels. The bank had doled out well over $2 billion in loans to Trump and his companies; at this moment in 2016, he owed the bank about $350 million, making Deutsche his biggest creditor.
「実際のところ、20年近くにわたり、ドイツ銀行は喜んでトランプと取引を続ける唯一の有力銀行だった。豪華な高層ビルやゴルフ場、ホテルといったトランプの不動産開発プロジェクトに相次ぎ資金を提供していた。ドイツ銀行は20億ドルを超える資金をトランプとその関連会社に貸し付けてきていた。2016年当時、トランプはドイツ銀行から約3億5000万ドルを借りており、ドイツ銀行はトランプにとって最大の貸し手だった」
Deutsche had become the key force allowing Trump to bounce back from multiple bankruptcies, to purchase and develop marquee properties, to recast himself as a successful businessman, to become a viable candidate for president.
「おもにドイツ銀行のおかげで、トランプは相次ぐ破産から立ち直ることができ、話題の不動産物件を購入して再開発し、成功した実業家という評価を確立した。その結果、信頼に足る大統領候補となったのだ」
ドイツ銀行が2010年代に入って、トランプに多額の資金を融資し続けるのに貢献したのが富裕層部門にいたブラブリックという女性のプライベート・バンカーだった。ドイツ銀行がアメリカでの富裕層事業をテコ入れするため、2006年にバンク・オブ・アメリカから高額の報酬を約束して引き抜いた。
やり手のプライベート・バンカーだったブラブリックは以前から、トランプ大統領の女婿となるジャレッド・クシュナーと知り合いだった。そのクシュナーが2011年に、ブラブリックを義理の父であるトランプに紹介した縁で、ドイツ銀行とトランプの蜜月が始まる。トランプは新たな資金調達に困っていたし、ドイツ銀行はアメリカでの事業を伸ばすために、手っ取り早く大物の顧客を獲得したがっていた。両者の利害が一致したのだ。
もっと正確に言えば、ブラブリックが所属していたドイツ銀行の富裕層部門とトランプの蜜月だった。ドイツ銀行の投資銀行部門はその数年前に実は、トランプの不動産プロジェクトに融資して失敗していた。トランプはその案件に絡んで個人保証をしていてドイツ銀行に対して数十億円の債務も負っていた。同じ銀行の中で、投資銀行部門はトランプへの新たな融資に反対していたのに、富裕層部門のブラブリックは融資に踏み切った。ドイツ銀行の幹部は、アメリカでの富裕層ビジネスを拡大したいばかりに、破産を繰り返してきたトランプと取引するリスクに目をつぶった。
クシュナー家とも蜜月
トランプという有名人をクライアントとして抱え込んだブラブリックは、トランプの息子の事業に融資したり、やはり不動産開発を家業とするクシュナーの家族にも融資をしたりして、トランプ帝国の威光を守るため動いた。クシュナーは家族で、2015年に10億円超の融資を受けたという。クシュナーの父親が脱税などで有罪判決を受けたため、クシュナー一族は銀行からの融資を受けられない状況が数年続いていたのに、ドイツ銀行のおかげで資金調達ができるようになった。トランプが2016年に大統領選を戦っているさなかにも、返済期限がきた融資を、より低利で借り換えさせる便宜も図ったという。
クシュナー一家に対する融資にも驚かされる。
And there was the $15 million credit line to Jared Kushner and his mother, the biggest lending facility that Jared or either of his parents had access to. That sum was soon dwarfed when, weeks before the election, Deutsche agreed to refinance a $370 million loan to the Kushner family real estate company that it had used to buy a 250,000-square-foot space in the former headquarters of The New York Times. Jared personally guaranteed the loan.
「そして、ジャレッド・クシュナーと、その母親に対する融資枠1500万ドルも設定された。クシュナー一家がこれまで手にした融資枠としては最大の金額だった。しかし、そうした金額さえすぐにたいしたものではなくなった。大統領選の数週間前に、ドイツ銀行はクシュナー一家の不動産会社に3億7000万ドルを融資することで合意した。ジャレッド・クシュナーが個人で保証をつけた。ニューヨーク・タイムズ社の元本社ビル(25万平方フィート)をかつて購入した際の融資を、クシュナーたちは借り換える必要があったのだ」