2024年12月4日(水)

ベストセラーで読むアメリカ

2020年10月14日

■今回の1冊■
The Kill Chain
筆者 Christian Brose
出版 Hachette Books

『The Kill Chain: Defending America in the Future of High-Tech Warfare』

 アメリカ軍の装備はAI(人工知能)など最新テクノロジーの導入が遅れており、もはや世界最強ではない。技術革新による武力行使のパラダイムシフトに無自覚だ。対テロ戦争に注意を向けている間に中国の脅威を見過ごしてきた結果、いま中国人民解放軍と戦ったら負ける可能性さえある。アメリカ本土への攻撃に対する防衛力も脆弱で、世界の警察として各地に戦線を広げる余裕はない。さまざまな軍用機器をインターネットでつなぐIoT戦略をアメリカ軍も取り入れるべきだ。アメリカの軍事評論家の手になる本書の主張を簡単にまとめると、以上のようになる。

 衝撃の内容である。しかし、いたずらに危機感をあおるわけではない。平易な言葉でアメリカ軍や議会、軍需産業の問題点をあげ説得力がある。一般のアメリカ国民にも警鐘を鳴らし世論を動かしたいからだろう。ますます本書の主張が真実味を増す。

 本書の重要な指摘のひとつは、近年のテクノロジーの進歩により、戦場における攻める側と守る側の力関係が逆転し、守備側が有利になっているという点だ。敵軍の到来を受けて立つ側にすれば、人工衛星を使った監視システムのおかげで、敵の部隊の動きを補足できる。さらに、そうした位置情報をもとに多数のドローンなどを使って、空母などを攻めればアメリカ軍の攻撃力を封じられる。中国は高速で命中精度が高いミサイルも配備しており、アメリカ軍によるアジア海域への展開を阻止できるという。

 The proliferation of information technologies and precision strike weapons over the past three decades, especially in China, has eroded America's long-standing military dominance. This has created significant advantages for defenders in the age-old military competition between offense and defense. The US military's ability to fight offensively still depends on the same kinds of large platforms that it has used for decades, but they are now more vulnerable than ever to the volumes of highly precise weapons that China has fielded in recent years.

 「特に中国を中心に、情報技術と命中精度の高い兵器が過去30年間で進歩し、アメリカが長年保持してきた軍事力の優越性が損なわれてきた。その結果、従来型の軍事的な対立では、攻撃と防御では圧倒的に守る側に有利になっている。アメリカ軍が優位に攻撃をしかけられるのは、何十年も変わらずに使われてきた大きなプラットフォーム(軍艦や戦闘機など)に頼っているからだ。しかし、そうした装備は現在、かつてないほど脆弱だ。中国が近年、命中精度が非常に高い兵器の配備を増やしているためだ」

 アメリカ軍は世界の警察として世界各地に派兵し、圧倒的な物量と強さで敵を制圧するという戦いかたを宿命づけられている。1991年の湾岸戦争や2003年のイラク戦争での勝利が典型的な例だ。しかし、筆者はこうした戦績は、敵軍が弱かっただけであり、過去の栄光がむしろアメリカ軍の変革を遅らせてきたという。アメリカ軍が装備している兵器は91年以来、あまり進歩していないのも不思議ではない。アメリカ軍の弱さを本書では次のように説明する。

 Over the past decade, in US war games against China, the United States has a nearly perfect record: we have lost almost every single time. The American people do not know this. Most members of Congress do not know this―even though they should. But in the Department of Defense, this is a well-known fact.

 「過去10年の間、アメリカ対中国を想定した机上演習では、アメリカは完ぺきに近い成績を残してきた。ほぼ毎回、アメリカが負けてきたのだ。アメリカ国民はこのことを知らない。アメリカ議会の議員のほとんどもこのことを知らない。議員こそ知ってしかるべきなのに。しかし、国防省のなかでは周知の事実だ」

キル・チェーンを進化させなければ意味がない

 本書のタイトルである、The Kill Chain は軍事用語だということを本書によって初めて知った。軍事行動を遂行する際の3段階のプロセスのことを指す。(1)現状を認識し(2)何をするか決断し(3)実際にアクションを起こす、この3つの流れをキル・チェーンと呼ぶ。多額の国防費をつぎ込んで高性能の戦闘機をいくら買いそろえても、このキル・チェーンを進化させなければ意味がない。この軍事プロセスの3つのステップをAIやIoTなどの導入によって改善できると説く。そして、中国が実際にそうした取り組みを先に進めていると警鐘を鳴らす。

 A core pillar of the Chinese Communist Party's plan is harnessing emerging technologies to “leapfrog” the United States and become the world's preeminent power.It is undertaking an unprecedented effort, backed by hundreds of billions of dollars of state investment, to become the world leader in artificial intelligence, biotechnology, robotics, and other advanced technologies. The Chinese Communist Party is already using these technologies to build the most intrusive system of mass surveillance, social control, and totalizing dictatorship the world has ever seen. And its leaders clearly view these technologies as equally indispensable in their race to develop a “world-class military” that can “fight and win wars.”

 「中国共産党の計画の核心は、最新テクノロジーを活用し、アメリカを一気に飛び越えて世界屈指の軍事力を持つことにある。中国共産党は膨大なリソースをつぎ込んでおり、国家予算から何千億ドルもの投資の支援を受けている。AIやバイオ技術、ロボット工学などの先端技術で世界のトップになろうとしている。中国共産党はすでにこうした技術を利用し、社会の隅々まで監視して市民生活を統制し独裁体制を固めるという、類をみないシステムをつくりあげている。『戦争で勝てる世界クラスの軍事力』を確保する競争で、こうした先端技術が絶対不可欠なものであることも、共産党の幹部たちはちゃんと認識している」


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