2024年12月22日(日)

ベストセラーで読むアメリカ

2020年7月21日

■今回の一冊■
Countdown 1945
筆者 Chris Wallace, Mitch Weiss
出版社 Avid Reader Press

 広島と長崎に原爆が落とされてから75年がたとうとする今、アメリカでは原爆投下を正当化する歴史読み物がベストセラーとなっている。あのとき原爆を使わなければ戦争は長引き、アメリカ兵の犠牲がさらに増える可能性があったから仕方のない選択だった――。一言でまとめれば、これが本書の結論だ。過去にもアメリカでベストセラーとなった類書が繰り返し主張してきた、原爆投下を正当化する典型的なロジックだ。

『Countdown 1945』

 在職中にルーズベルトが死去し、副大統領だったトルーマンが急きょ大統領に就任した1945年4月12日のホワイトハウスでのドタバタ劇から本書は幕をあける。その日から広島に原爆を落とすまでの116日間の出来事を追う。原子爆弾を使うべきか悩み続けるトルーマン大統領や、原爆の製造という秘密プロジェクトに取り組む物理学者たち、隠密裏に作戦準備を進めるアメリカ軍関係者の動きを、ドラマチックに追う。

 各章の冒頭に、原爆投下までの残り日数を掲げ、悲劇の瞬間へ向かってカウントダンが進む。ハリウッド映画のように場面転換もたくみで読みやすい。筆者のひとりであるクリス・ウォーレスは保守系テレビ局FOXニュースの政治ジャーナリストで知名度も高く、本書がベストセラーになるのも当然だろう。本書はニューヨーク・タイムズ紙の週間ベストセラーリスト(単行本ノンフィクション部門)に、6月28日付で2位で初登場し、ランクイン5週目となった7月26日付リストでも10位につけている。

 しかし、独自の取材で新たに発見した真実が出てくるわけではない。先行する伝記やノンフィクションなどから史実や発言を抜き出し、再構成しただけとの印象が強い。正直、なぜ今この本を書く必要があったのか分からない。本書の結論も次のように、これまでアメリカで繰り返し主張されてきた論法と変わらない。

  In the end, for all the questions about the morality of dropping the atomic bomb, it is unrealistic to think Harry Truman would make any other choice. He came to the presidency without any warning about a project FDR approved three years before. More than 100,000 people were recruited, and $2 billion was spent. And just three months later, the atomic bomb was tested successfully. Truman’s top generals estimated a conventional war against Japan would take a fearsome toll: at least 250,000 Americans killed and 500,000 wounded. The fighting would continue for more than another year. And now Truman had a way to save those lives and end the conflict.

 「結局のところ、原爆の投下が正しかったのかどうかという問題に関していえば、ハリー・トルーマンが別の選択肢をとりえたと考えるのは非現実的だ。トルーマンが大統領になった時、前任のルーズベルト大統領が3年前に承認した原爆開発プロジェクトについて事前に知らされていなかった。10万人以上がプロジェクトに携わり20億ドルが投入されていた。しかも、わずか3カ月後には、原子爆弾のテストは成功した。軍司令官たちはトルーマンに、原爆を使わずに対日戦争を続けると、多くの死傷者が出るとの試算を示していた。少なくとも、25万人のアメリカ兵が死に、50万人が負傷すると。戦争もさらに1年以上も長引くと。その時、トルーマンは、そうした命を救い戦争を終わらせる手段を持っていたのだから」

 アメリカは沖縄戦などで想定を超える死傷者を自軍から出し、なかなか降伏しない日本にいら立ちを覚えていた。このまま、日本本土への上陸戦に踏み切ると、アメリカ兵にさらに多くの犠牲が出ることを最も恐れていた。原爆を投下して戦争が終わったのだから、原爆は失われたかもしれない多くのアメリカ兵を救った、というのがアメリカの論理だ。広島や長崎で罪もない人々がたくさん亡くなったことへの思いはない。

 広島や長崎に原爆を投下したのは正しかったと考えるアメリカ人は実は今でも多数派のようだ。本書によると、世論調査ではこれまで、原爆投下を支持する人の比率が53%を下回ったことがないという。本書のようなベストセラーが、アメリカ人の意識を変えるのを妨げているのかもしれない。本コラムが2016年10月28日に、根強い「原爆投下は正しかった論」で取り上げたKILLING THE RISING SUNというベストセラーも、原爆投下を正当化する主張を繰り返す典型だった。

 アメリカでは歴史ノンフィクションがよくベストセラーとなる。なかでも太平洋戦争でのアメリカ兵の活躍と日本軍の非道をクローズアップし、広島や長崎への原爆投下は正しかったと主張する歴史読み物がよく売れる。この種の本がたびたびベストセラーになるなか、被爆者の痛みを訴えたところで、アメリカ人の心にはなかなか響かないのではないだろうか。


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