2024年4月25日(木)

ベストセラーで読むアメリカ

2020年7月21日

被爆者の体験も紹介する

 ただ、本書に限っていえば、うれしい驚きもあった。この種のアメリカのベストセラーには珍しく、原爆を落とされた被害者の視点も盛り込んでいるのだ。広島で10歳の時に被爆したタムラ・ヒデコという女性に取材し、その体験を紹介している。もちろん、被害者の視点に割くページ数は圧倒的に少ないとはいえ、アメリカの類書が一方的に日本軍を批判する傾向があるのに比べ、本書はまだ良心的ともいえる。被爆者として苦しい経験をしたタムラさんの次のような体験も紹介する。

 At age seventeen, Hideko worked up the courage to end her own life. She stood on the platform at the train station, waiting to leap in front of the incoming locomotive, but it shrieked to a stop just before it reached her. An elderly man had thrown himself in front of the same train several yards ahead.

 「ヒデコは17歳の時に、自ら命を断つ決心をした。駅のプラットフォームに立ち、入ってくる汽車の前に身を投げるため待ち構えた。ところが、機関車は汽笛を鳴らして寸前のところで止まりヒデコのところまで来なかった。数メートル手前で、一人の老人が同じ列車の前に身を投げたのだった」

 タムラさんはその後、アメリカに渡り大学を出て、今も現地に住んでいる。本書はそんな彼女の思いも次ように伝える。

Dr. Hideko Tamura Snider says she knows she can't change the past. She came to the United States because of the educational opportunities at the time. And although the memories are still raw, she tries not to be bitter about what happened. That's why she's become a peace activist. She never wants anyone to experience her pain.

 「ヒデコ・タムラ・スナイダー博士は、過去は変えられないと言う。その当時、教育を受ける機会があったからヒデコはアメリカに来た。そして、記憶はまだ生々しいにもかかわらず、ヒデコは起きたことに対し怒りを持たないようにしている。だからこそ、彼女は平和運動家になった。自分と同じ苦しみを他の誰にも経験してほしくないからだ」

 さらに、本書の末尾に出てくる謝辞では次のように広島の原爆ドームにふれ、原爆が起こした悲惨な被害への配慮をうかがわせる。

 The story of the U.S. decision to deploy the world's first atomic bomb cannot be told without showing its devastating impact on Hiroshima. The stunning pictures of that city’s “atomic bomb dome,” which was located almost directly underneath the explosion, yet somehow escaped complete destruction, helps show what happened there. Thank you to Rie Nakanishi of the Hiroshima Peace Memorial Museum for allowing us to use those images in telling this important part of the story. The museum, which opened on August 24, 1955, holds some of the personal belongings of the victims, and hopes to encourage its visitors to advance nuclear disarmament and peace in the world.

 「アメリカが世界で初めて原子爆弾をつかった歴史は、広島に与えた壊滅的な打撃を抜きにしては語れない。広島市の原爆ドームの驚くべき写真は、そこで何が起きたかを知るのに役立つ。爆発のほぼ直下に位置しながらも、なんとか倒壊を免れた建物だ。広島平和記念資料館のリエ・ナカニシさんのおかげで、こうした写真を、歴史の重要な瞬間を描く際に使えた。お礼を言いたい。この資料館は1955年8月24日にオープンし、被害者たちの遺品を所蔵している。そして、核兵器の廃絶と世界平和を来館者たちに訴えている」

 筆者たちは執筆のため勉強するうちに、原爆が引き起こした非人道的な被害を知り、内心は原爆投下の正当性に疑問を持ち始めたのではないだろうかと、憶測したくなる。原爆を投下したあとの後日譚の部分で、アメリカにおける広島、長崎への原爆投下に対する見方の変化も記しているからだ。これも、過去にベストセラーとなった類書にはみられない傾向だ。

 例えば、原爆を投下した直後、アメリカ政府が情報統制を敷き、ほとんどのアメリカ人は原爆による被害を理解していなかったという。原爆投下から1年たった1946年8月末に、米誌ニューヨーカーの記者がスクープ報道して初めて、被爆者の実態がアメリカで広く知られたという。アメリカでは放射線による被害を否定するかのような情報操作も行われたようだ。こうして世論を誘導してきた歴史が、いまのアメリカ人の原爆に対する認識に影響している可能性を冷静に本書は指摘しているわけだ。

 本書のエピローグの末尾では、次のように記している。この部分を、すべてのアメリカ人が読み、少なくとも、その事実の重みを理解してほしい。

But seventy-five years later, only one nation has ever used the weapon in war. The United States.

 「しかし、75年たった今でも、たった1つの国しか戦争でその兵器(核爆弾)をつかっていない。それはアメリカ合衆国だ」

  
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