ドイツ銀行の経営トップの罪
ウォール街の名だたる金融機関がどこもトランプと取引をしなかったのに、なぜドイツ銀行だけがトランプ帝国に融資を続け、成功したビジネスマンという虚像づくりに加担したのか。しかも、同じ銀行のなかで過去に痛い目にあった部門があり、新たな融資に反対の声を上げていたのに。本書はドイツ銀行の経営トップが貪欲だったからだと切り捨てる。
They’d known about Trump’s reputation for demagogy and defaults, for racism and recklessness, but the allure of quick profits superseded those concerns.
「ドイツ銀行の経営トップたちはトランプの悪評を知っていた。出鱈目を言って破産を繰り返し、人種差別主義者で無責任であることを知っていた。しかし、短期で収益をあげられるという誘惑が、そうした懸念に勝ったのだ」
本書は実はドイツ銀行の無軌道な経営を告発することに主眼を置いている。ドイツ銀行とトランプとの取引関係は、本書においてはどちらかというと2番手、3番手のテーマだ。トランプとの取引に絡む呆れるエピソードは多いものの、取引の違法性を明確に指摘するまでには至っていない。むしろこれから、アメリカの司法当局が、普通の人となった不動産王の闇に、どこまでメスを入れるのか注目だ。
本書の筆者はニューヨーク・タイムズ紙の記者で、ドイツ銀行は利益だけを追い求めてきたとして、その経営の在り方を徹底的に批判している点も見逃せない。ウォール街の名だたる投資銀行であるゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーを目指して、無理な背伸びをしたのがドイツ銀行の経営を狂わせたと指摘する。同じくウォール街のメリルリンチから、デリバティブ取引のチームを引き抜いたものの、ドイツ銀行の経営幹部たちは複雑な金融取引を理解する知識もなくリスク管理もできなかった。
ブレーキを踏む管理者がいない現場では、一獲千金を狙うリスクの高いデリバティブ取引が横行した。一方で、ロシアでの事業拡大に熱をあげ、結果的にロシアの富豪たちのマネーロンダリングにも手をかし、ドイツ銀行のコンプライアンス部門が疑惑のある取引に警鐘を鳴らしても、経営幹部は無視し続けた。むしろ、リスク管理の不備をしつこく指摘する職員たちはクビにされた。
ヘッジファンドの脱税を助ける金融取引の手助けもしていた。シリアやイラン、リビアなど国際的に制裁を科されていた国々にもドイツ銀行は多額の資金を送っていた。そうした資金はテロリストたちに回り、アメリカ兵たちの犠牲につながった。おまけに、肥大化したドイツ銀行に対して、ドイツの金融当局も十分な監督をできなかった、と本書は無秩序な経営を厳しく指弾する。