2024年12月21日(土)

ベストセラーで読むアメリカ

2020年11月2日

■今回の1冊■
Caste
筆者 Isabel Wilkerson
出版 Random House

Caste

 黒人を奴隷にしていた時代に始まったカースト制度が、現代のアメリカでもまだ続いている。黒人(アフリカ系アメリカ人)を最下層に置くカースト制度によって、白人たちは身分を保証されてきた。ところが、2009年に黒人初の大統領が就任したのをみて、白人は自分たちの地位が脅かされると危機感を抱き始めた。警察が無防備な黒人たちを射殺する事件が相次ぐのは、カースト制度にすがる白人たちが、黒人による下克上を恐れているからだ。こうした白人たちの不安心理が、白人至上主義を体現するトランプ大統領の登場につながった。自身も黒人である女性ジャーナリストの手になる本書は、アメリカにおけるカースト制度を告発する。

 本書はニューヨーク・タイムズ紙の11月1日付のベストセラー・リスト(単行本ノンフィクション部門)で、売れ行きトップ1につけた。大統領選を間近に控えて、トランプ暴露本などでアメリカ出版界がにぎわうなか、深刻な内容ながらランキング入り11週目にして快挙を達成した。その翌週11月8日付ランキングでも3位につけている。

 カースト制度と聞くと、ふつうはインドの身分制度を思い浮かべる。本書は人類の歴史のなかでも特筆すべき3大カースト制度として、インドに加えてナチス・ドイツとアメリカのカースト制度をあげる。特に、ナチスによるユダヤ人の虐殺につながったカースト制度と、アメリカの黒人差別を支えるカースト制度を同列にとらえる。

 ドイツでは戦犯たちの責任追及を進め、ホロコーストの犠牲者たちを悼み反省する取り組みをしているのに、アメリカでは20世紀の半ば過ぎまで黒人たちは公衆の面前で火あぶりなどリンチされ殺されていた。アメリカ社会ではそうした歴史を振り返って反省することもなく、いまだに黒人は差別されカースト制度が残る。

 アメリカはナチス・ドイツよりもひどいと言いたいわけだ。本書の終わり近くで紹介される天才物理学者アルバート・アインシュタインのエピソードが興味深い。ユダヤ人のアインシュタインは1932年12月に、ナチスの魔の手から逃れるため、アメリカにたどり着いた。アインシュタインはアメリカで、黒人が差別されているのを目の当たりにして、ドイツと似た状況に驚く。アインシュタインは知人に「自分がユダヤ人だからこそ、差別されている黒人たちの気持ちが痛いほど分かる」と語ったという。本書はアインシュタインの講演から次の一節を引用している。

 “We must make every effort [to ensure] that the past injustice, violence and economic discrimination will be made known to the people,” Einstein said in an address to the National Urban League. “The taboo, the 'let's-not-talk-about-it' must be broken. It must be pointed out time and again that the exclusion of a large part of the colored population from active civil rights by the common practices is a slap in the face of the Constitution of the nation."

 「アインシュタインは全米都市同盟での講演でこう言っている。『これまでの不当な扱いや暴力、経済面での差別を、国民に知らしめるために、あらゆる努力をしなければならない。<そんなこと話すのはやめよう>というタブーを無くさなければいけない。繰り返し次のことを訴え続けるべきだ。さも当たり前のこととして、黒人の大部分から基本的な人権を奪うのは、アメリカ合衆国憲法への裏切りである』」

 このアインシュタインの言葉に、本書の思いが凝縮している。かつてアメリカで黒人に対して行われた残虐な行為の数々を本書は紹介する。19世紀の南北戦争を経て奴隷制度が廃止された後、20世紀に入ってもアメリカ南部では、罪もない黒人を火あぶりにして殺した。子どもも含め何千人もの見物客が黒人の公開処刑に集まった。リンチの様子を描く絵はがきも人気だったという。さらに、ちょうど100年前に、大統領選をめぐり白人たちが黒人を虐殺した次の史実は、いまのアメリカの不穏な空気を暗示するようだ。

 A white mob massacred some sixty black people in Ocoee, Florida, on Election Day in 1920, burning black homes and businesses to the ground, lynching and castrating black men, and driving the remaining black population out of town, after a black man tried to vote. The historian Paul Ortiz has called the Ocoee riot the “single bloodiest election day in modern American history.”

 「白人の群衆が約60人の黒人をフロリダ州オコイーで虐殺したのは1920年の大統領選挙の日だ。黒人たちの家や店を焼き払い、黒人男性たちに暴行を加えて殺したり局部を切り取ったりしたうえ、町からすべての黒人を追い出した。原因は黒人が大統領選で投票しようとしたからだった。歴史家のポール・オーティスは、このオコイーの暴動について、『アメリカ現代史のなかで、最も残虐な大統領選挙の日だ』と言っている」

 本書によれば、ヒットラーをはじめナチス・ドイツは当時、アメリカにおけるカースト制度を研究し参考にしていたという。特に、アメリカでは原住民をほぼ抹殺し、黒人たちをリンチして殺しても、白人たちの正当性が保たれる仕組みに、ヒットラーたちは勇気づけられユダヤ人の虐殺に進んだ。

 アメリカのカースト制度と、ナチス・ドイツによるユダヤ人の虐殺を同列にとらえているだけに、アメリカとドイツの歴史への向き合い方の違いをより際立たせる。ドイツはホロコーストを生き抜いたユダヤ人だちに賠償を続けている。ベルリンの街中には、ホロコーストの負の歴史を忘れさせないためのモニュメントや掲示がある。ドイツでは、ナチスのシンボルである「かぎ十字」を掲げると最大で懲役3年の実刑を受ける。

 半面、アメリカでは奴隷制を続けるために南北戦争を戦った南部の軍司令官が今でも英雄として多くのモニュメントが残る。奴隷制度を残そうとした南軍の軍旗は今でも自家用車に貼るステッカーとして広く愛用され、公共団体のシンボルとしても使われている。南北戦争で負けた南軍の幹部たちは、奴隷を虐待してきた罪は問われず悠々自適の老後を送り、解放されたはずの黒人たちは20世紀半ばまで差別されリンチで殺され続けた。アメリカは本当に自由民主主義の国なのだろうかと疑問がわく。


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