2024年4月26日(金)

WEDGE REPORT

2021年3月20日

 2019年は逃亡犯条例改正案に伴う大規模なデモ。2020年は香港国家安全維持法制定。2021年に入り、中国政府は香港の選挙制度改革に乗り出すなど1年ごとに大きな動きがある香港。香港特別行政区という今の香港を形作ったのはイギリスだが、中国があれだけの民主派への厳しい締め付けをしても最近までほとんど何もしてこなかった。

 それが、香港人へのイギリスへの市民権取得への道筋をつける政策を打ち出すなどようやく措置を打ち出しつつある。香港は中国とアメリカとの関係の中から語られることが多いが、旧宗主国であるイギリスと中国との関係から香港をみるとどうなるのか? 英中関係に詳しい武蔵野大学法学部政治学科の中園和仁教授に話を聞いた。

(F3al2/gettyimages)

相手が共産主義者でもビジネスはする
イデオロギーには左右されない

中園和仁(なかぞの・かずひと) 武蔵野大学法学部政治学科教授 1952年生まれ、宮崎県出身。1976年上智大学外国語学部英語学科卒。1979~82年香港中文大学留学、1988~89年在香港日本国総領事館専門調査員、1996~97年香港中文大学亜太研究所客員教授、1999~2016年広島大学大学院教授。2016年より現職。著書に『香港返還交渉-民主化をめぐる攻防』(国際書院)

 イギリスは香港が中国に返還された後、ほとんど何もしてこなかったと言っていい。

 「まず、アヘンという麻薬を売るために戦争を仕掛け、香港を割譲させたことについてイギリスは後ろめたいという考えは持っていません。公式に謝罪していませんし、過去の植民地支配に罪悪感を抱くこともありません。租借延期の交渉に入ったとき、中国は一切受け付けませんでしたが、イギリスは自らの立場に固執せずに英中の合意に至っています。

 それはイギリスの経済権益が守られたからです。つまり、スワイヤ、ハチソン、HSBCなどの香港にある英系企業の権益が守られたからです。むしろ『我々が経済発展をさせてやった』という感じでしょう。

 例えば、雨傘運動においてのイギリスは無策だったというよりも沈黙を守ったと言えますが、中国の主権下にある香港おいて取り得る選択肢はあまりなかったでしょう。当時の英中関係は蜜月時代で表向きは民主主義や人権を強調しても、その一方で自国の経済権益が損なわれない限り、対決する姿勢をとることはないからです」

 と、金の卵を産むニワトリである香港を守ることが大事だった。

 「1950年にイギリスは中華人民共和国を事実上承認しています。日米よりもずっとはやいのは香港での権益を守るためです。一方でアメリカは朝鮮戦争で中国の封じ込めにはいっていますから、その時点で英米の方向性が異なっていたのです。つまり相手が共産主義者でも商売はするというのが当時のイギリスの基本的な考え方でした。イギリスの外交はイデオロギーでは左右されないのです」

 という。

 「中国も西側への窓口を確保するためにイギリス型の統治を黙認してきました。つまり、お互いに利益の上で香港は成り立ってきたのです」

 と付け加えた。

旧宗主国としての沽券に関わる

 しかし、国安法制定後、イギリスは英国海外市民旅券(BNOパスポート)の保持者がイギリスの市民権獲得につながる措置を行い、5Gの通信網についてはファーウェイ製を排除、中国国際テレビの放送免許取り消した。一方、中国もBNOパスポートを旅券を認めない、BBCワールドの放送禁止などといった対抗措置を取るなど、英中関係が一気にギクシャクし始めた。

 「中国からみれば、国家安全条例を香港政府自ら制定できずにいたこと、雨傘運動、逃亡犯条例での抗議デモを見て、自ら介入する決断を招きました。特に中文大学でのデモ隊と警察の攻防は大きかったと思います。一方、イギリスからみれば、国安法導入は英中共同宣言違反で、1国2制度の崩壊となります。ここで何も言わなければ旧宗主国として国際社会から責任を問われ、国際的信用を失いかねないから方向転換したと考えられます」

 とイギリスにとって一線を越えたと語る。

 「ジョンソン政権と与党・保守党内の対中懐疑派が勢いを増している点もあります」

 その一方で「一方で関係は悪化していますがラーブ外相は『中国に行きたい』とも発言しています。つまりイギリスは最大の投資国でもある中国との貿易を引き続き望んでいることは明白で、その多くのビジネスは香港です」

 「英系企業は、デモで社会に混乱が生まれ経済が回らなくなったので、国安法が導入されて混乱が収まり、実は内心はホッとしているかもしれません。ビジネスができなければ彼らの存在理由に関わりますから」

 と彼らの本音を推察する。

 アメリカは中国に対して、国安法に関係した人たちの口座凍結などの経済制裁をしているが、

 「アメリカも個人の金融制裁はあっても、経済全体に関わる金融制裁まではしていません。それは香港の金融都市としての機能を低下させることはさせたくないからです。中国も民主派を取り締まりますが、米系企業に手を出したりはしません。そこはさじ加減と駆け引きです」

イギリスのTPP加盟申請などのアジアシフト

 イギリスが環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への加盟を申請することを表明したが、

 「ブレグジットでEUではこれまでのように稼げなくなり独自に世界各国いとFTAやEPAを結ぶことを迫られています。HSBCが再び本部をイギリスから香港に戻そうとする動きを含め、TPPへの加盟申請は21世紀の成長市場であるアジア市場をにらんでのことです。ただでさえ中国とってTPPは知的財産権、国有企業への補助金などがあるのでハードルが高いのに、イギリスの参加となると、交渉がさらに難しくなるので中国にとってはいやでしょうね」


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