棄民政策からの転換
EUからの移民の問題などが影響してブレグジットを選択したイギリス人が香港からの移民を受け入れるのだろうか?
「EUの移民とはちょっと違うと思います。まずは道義的な責任です。1983年にイギリスは国籍法を改正して、香港市民を英国属領市民(BDTC)という市民権の概念を導入しました。さらに返還することが決まった後の86年に『イギリス国籍(香港)法』というのを公布して、香港の中国返還と同時に英国属領市民は英国海外市民(BNO)という身分を与えました。これは香港撤退の準備をしていたということですが、『香港市民を中国に売り渡した』と非難されないためにもBNO保有者への責任があるからです。
また、香港市民は知的レベルも高いので人材として魅力です。香港人の起業家にとってイギリスは理想の場所で、イギリスにとってもその起業家を取り込めることができればいいと思っているでしょう。BDTCを創設した時は棄民政策でしたが、国安法の導入で居住権を復活させたことになります」
これからの香港、民主主義なき繁栄を目指す
国安法により香港の世界的な地位低下が懸念されている。3月4日にはアメリカのシンクタンク「ヘリテージ財団」と経済紙『ウォールストリート・ジャーナル』は3月4日、「2021年経済自由度指数(Index of Economic Freedom)」について、2019年まで25年連続1位を続けてきた香港を除外した。
「今となっては北京の指示に従うしかないので、国際貿易港や金融都市機能の一部低下は避けられませんが、機能が失われるという事はないと思います。大湾区という巨大経済圏を作る構想がありますが、深圳が主導的な役割を果たすことは間違いありません。世界の窓口として香港は欠かせないのです。香港には英語が話せるという深圳にはない強みがありますので、中長期的には大湾区構想の中で1つの役割を果たすことになるでしょう。
香港が享受してきたコモン・ローを破壊しなければ民主主義は形骸化したとしても、香港の都市機能は維持されるかもしれない。シンガポールは民主国家ではないですがコモン・ローを引き継いで発展してます。習近平は香港のシンガポール化を狙っているのです。香港政府としても民主主義なき繁栄を目指していると思います」
3月11日に全国人民代表大会(全人代)で承認した香港の選挙制度改革については、
「全人代でいろいろ方策が出ました。例えば、行政長官を選ぶ選挙管理委員のメンバーについてはこれまで李嘉誠などの財界の大物に票の取りまとめを任せていたけれども、それをやめるという話にもなっています。李嘉誠などは香港人の意向も尊重しながら動かなければなりません。それは、時折、李嘉誠と中国の意見が食い違ったりすることで現れますが、中国としてはそれも気にいらないのです。財界の人たちに任せるから揉めると考えているので『次からは中国が全部取り仕切る』というスタンスになっています」
中園教授は最後にこんな話をしてくれた。
「1996年に銭其琛副総理兼外相は『天安門事件について追悼集会について香港人は参加できるのか?』というウォールストリート・ジャーナルの質問を受けたのですが、『1997年後の香港での自由な言論には制限があるだろう。報道機関は批判を唱えることはできるが、噂やうそはいけないし、中国の指導者に対する個人攻撃も加えることはできない』と語っています。2002年に香港の董建華行政長官が2期目に入ると突如、基本法23条に基づく国家安全条例の立法化を促します。つまり、彼らとしては返還後5年たっても法制化されないことにいら立ちを覚えていたのでしょう」
と今の状況になるヒントがあったと言う。
「過去がわからなければ、現在はわからないですし、未来も見通せません。つながっているのです。それは生徒にもそう話しています」と歴史から学ぶことで香港をしっかり見ることができるとした。
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