資本主義への対抗策
では資本主義に対抗するには、どのような経済システムを構築すればよいのか。
この問題を、『学点政治経済学』(上海人民出版社編輯 上海人民出版社 1972年)が説いている。
「偉大なる毛主席」は、「マルクス主義の3本柱の1本」を形作る「政治経済学を学ぶべきだと何回となく我われに呼び掛ける」。この教えは、「経済部門を担当する同志に対してだけでなく、多数の共産党員と革命幹部、わけても党の責任ある立場に立つ幹部に対して提示されている」。
それというのも、「政治経済学は階級闘争の科学であり、マルクス主義政治経済学がプロレタリア階級に奉仕することを満天下に明らかにしている」からである。
『学点政治経済学』は冒頭で、「マルクス主義政治経済学は生産関係を研究する科学であり、生産関係は社会その他の一切の関係を決定する基本的な関係である。生産関係の研究は、とりもなおさず生産関係と生産力との間の、上部構造と下部構造との間の矛盾を研究し、人類社会が発展するための客観的法則性を研究することにほかならない」と語りだす。
毛沢東の『実践論』に基づいて、「生産活動は社会における物質的な富を創造し、人類生存のための物質的条件を提供し、同時に精神的な豊かさの源泉でもある。労働者による生産活動がなかったら人類の生存は不可能であり、社会が発展するわけもない」とも説く。
人々が自然界に手を加え物質的な富を創造する力が生産力であり、生産力はヒトとモノ(=生産するための機器と原材料)の2つの要素から成り立ち、生産力においては生産機器が最も重要な要素となる。
だが、毛沢東思想の神髄は「為人民服務」と「自力更生」である。だから生産力において生産機器は必ずしも決定的要素ではない。それというのも「決定的要素はヒトであり、モノではない」。機器はヒトによって使われ、ヒトを通しモノを創造し、ヒトを通じてこそ革新があるからである。生産力を決定するのは機器(ハード)ではないヒト(ソフト)であるというもの言いに、毛沢東思想を支える精神主義が顔を覗かせる。
以下、少々荒っぽいが、『学点政治経済学』の主張を要約してみた。
――生産のための機器と原材料を不当にも資本家が独占する資本主義体制に革命を起こしてこそ、社会の変革が可能となり、生産関係に本来の姿が取り戻される。
資本主義社会の根幹をなす商品に資本主義の一切の矛盾が内包されている。資本家とは労働者を搾取する存在でしかなく、悪辣残酷な手段で労働者を責め苛む資本家の心は腹黒い。
経済的危機は資本主義制度が必然的に招来する“不治の病”であり、だから不況は回を重ねるごとに深刻化し、資本主義の矛盾は先鋭化を免れない。帝国主義は資本主義の成れの果てである。だから、生産力の一角を形成するモノを国家の公有とし、闘争の中で社会主義公有制を固め発展させる必要がある。
つまり社会主義社会であればこそ、はじめて計画経済の実行が可能となり、客観的規律に基づいて計画を策定し、農業を起点にしてこそ国民経済の発展が達成されるのである。
かくしてこそ「各尽所能、按労分配(各々が能力を尽くし、働きに応じて分配する)」ことを根幹とする社会主義が実現し、その先にこそ名も利も求めず、苦しみも厭わず死も恐れず、全身全霊を人民に尽くす人類理想の共産主義社会が実現する――
最後に『学点政治経済学』は資本主義社会の姿を「見銭眼開、唯利是図(ゼニを見たら眼を輝かせヨダレを垂らし、カネ儲けしか眼中にない)」との8文字で表現してみせた。
では、「各尽所能、按労分配」の社会主義社会では、働く者はどのように振る舞うべきなのか。この問題の処方箋を示そうと言うのが『談談増産節約』(上海人民出版社 1974年)である。
『談談増産節約』は、上海絨毯三廠工人学習政治経済学小組と復旦大学経済系財貿教研組によって共同執筆されている。出版当時は四人組の絶頂期であり、加えて執筆陣が四人組の拠点であった上海の有力労働組織と理論研究教育担当部門であることに注意を払っておく必要がありそうだ。
先ず「中華人民共和国成立以来、我が偉大なる祖国を現代工業、現代農業、現代科学技術と現代的国防機能が備わった社会主義強国に建設するために、全国の労働者は自らを主人公と自覚した態度を以って、党の呼び掛けに積極的に呼応し、増産・節約運動を広範に展開してきた」と、建国以来の歩みを極めて前向きに捉えてみせる。
次いで建国後の毛沢東路線の精華として文革を高く評価し、「毛沢東の革命路線の導きに沿って、劉少奇、林彪の修正主義路線を批判し、広範な労働大衆は社会主義の積極性をより一歩高め、奮闘力戦・倹約建国の思想をより深く体得し、増産節約運動はより広範に、より深化をみせ、湧き上がるように発展し、社会主義革命が推進され生々化育されるなかで、新しい生産建設の高波がまさに怒濤のように押し寄せ、高まっているのである」。
なにやら美辞麗句のオンパレードのような文章で鼻白む思いだが、とどのつまりは毛沢東の治政が中国の社会主義化を順調に進ませていると言いたいのだろう。
『談談増産節約』は、「要するに党の指導を強化し(中略)、思想政治教育を強め、反浪費闘争、勤倹建国・奮闘努力思想の確立、全面的節約と民衆の観点を絶え間なく展開しなければならない。このようしてこそ、増産節約という社会主義の方向が堅持可能になり、より早くより無駄のない社会主義建設が可能となる。我が国を現代工業、現代農業、現代科学技術と現代的国防機能を備えた社会主義強国として建設することこそが、世界革命にとって計り知れない貢献となる」と結論づけている。
社会主義化のカギは節約にあるらしい。増産と倹約こそが社会主義への道を切り開く。労働者こそが節約増産の主力部隊だ。困苦勉励・奮闘努力こそがプロレタリア階級の革命的本質だ。革命の全情況を胸に抱き、節約増産に励もう――とは、なにやら金正恩体制の北朝鮮で語られても決して不思議ではない内容である。そこがまた不思議ではあるが。
「資本階級と妥協し、武器を差し出し、武装闘争を放棄し」てはならない。弱体化への道が必然の米ドル体制を「毛主席の革命外交路線」によってブチ破れ。生産力を決定する要素は飽くまでもヒトである。社会主義強国への道、つまり革命は節約増産にあり――この辺りに「中国の夢」を導くカギがありそうだ。
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