チャイナ・ウォッチャーの視点

2021年4月13日

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樋泉克夫 (ひずみ・かつお)

愛知県立大学名誉教授

中央大学法学部、香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士後期課程を経て外務省専門調査員として在タイ日本国大使館勤務。著書に『華僑コネクション』『京劇と中国人』『華僑烈々―大中華圏を動かす覇者たち―』(以上、新潮社刊)など。

[著書]

 彼らの世界観は、どのようにして形成されたのか。現在の中国の権力の頂点に立つ7人の共産党政治局常務委員の少年から青年へと成長する多感な時期を、疾風怒濤の文化大革命(1966~76年)の渦中で過ごした。2022年の第20回共産党大会で常務委員への昇格が有力視される李強(現上海市党書記)と陳敏爾(現重慶市党書記)の幼少期は、共に文革に重なる。

(Sean Pavone/gettyimages)

英米仏の資本主義

 現在の地位を考えれば彼らは文革の「勝ち組」でこそあれ、少なくとも「負け組」ではないだろう。そのうえ歴代共産党政権は文革を公式に、全面的に、徹底して否定しているわけではないから、文革時代の教育が彼らの政治的振る舞いの背景にあると考えても強ち的外れではないだろう。

 そこで文革時代に中国全土にバラ撒かれた「紙の爆弾」とでも形容すべき出版物を読み、文革期の共産党政権が育て上げよう企図した「未来の大人」の理想形を描いてみようと思い立った。幼少期から青年期に文革を経験した現在と近未来の共産党指導者たちは、いったい世界を、どのように捉えようとしたのか。

 手始めに資本主義を取り上げてみた。

 ニクソン米大統領が電撃的に訪中し、毛沢東と会談して世界中に衝撃を与えた1972年の翌年、「資本主義が発生・発展し衰亡に向かう歴史を読者が全面的に理解することを助けるため」に、英・米・仏・独・日の「5つの主要資本主義国家経済の発展過程を具体的に綴っ」た『主要資本主義国家経済簡史』(壄・宋・池・郭・朱編著 人民出版社)が出版されている。

 出版の目的は、「我われのプロレタリア革命事業必勝への信念を強め、我われのプロレタリア国際主義の覚悟を高め、毛主席のプロレタリア階級革命路線をより深く理解し推し進め、全人類の徹底した解放のために英雄的に戦う」ことを大前提に、「5つの主要資本主義国家経済」の「衰亡に向かう歴史」を学ぶことにあった。

 「西欧で資本主義生産関係が誕生してから第2次世界大戦終結までの間、資本主義制度は自由競争資本主義と独占資本主義の2つの段階を経た」。「1917年のロシア10月社会主義革命の勝利は世界の資本主義体系を根底から震撼させ、世界史に新紀元を創出した。この時から資本主義制度は決定的危機段階に突入した」との総論を示した後、各論に移り、資本主義経済の発展の姿を国別に分析している。

 先ず「資本主義国家の老舗」であるイギリスを「歴史上、世界最大の殖民地帝国であり、200余年の長期にわたって広大な殖民地と半殖民地国家の人民を残虐にも略奪し搾取してきた」とし、「同時に最も早く没落した帝国主義国家」だと断定した。

 「現代における帝国主義超大国」であるアメリカは、「200年前はイギリス統治下の殖民地に過ぎなかった」が、反英独立戦争、独立、資本階級による共和国建国の段階を経て急速発展し、「20世紀初頭に帝国主義段階に入り、独占資本主義が最高度に発展した帝国主義国家となった」。

 「2度の世界大戦における戦争特需で大いに潤い、国際金融搾取の中心となり、世界の覇権を唱えるようになった」。その「資本主義発展史は薄汚れた搾取と略奪によって血塗られたものであり」、「マルクスの指摘のように、アメリカにおいて資本主義は他のどのような国家とは比較にならぬほどに恥ずべき条件の下で発展した」と断罪する。

 「イギリスと同様に古い資本主義国家」であるフランスでは、第2次世界大戦終結直後に「フランス最大の政党であった共産党の指導集団が高い官職と高給と引き換えに恥ずべきことに資本階級と妥協し、武器を差し出し、武装闘争を放棄し、3年ならずして反動勢力の手で政権から叩き出され、残酷な弾圧に遭遇することになったしまった」。

 「後発資本主義国家のドイツ」は2度の世界大戦期に「国家独占資本主義段階に突き進み、当時の資本主義世界の最高水準に達したが、最終的に没落する運命には逆らえない」。 

 日本は主要な資本主義国家の中では「最後発」だが、その「帝国主義の歩みは日本軍国主義による中国・朝鮮侵略史でもある。どのような国家であれ侵略、戦争、軍国主義に頼る経済発展を夢想するかぎり、最終的には破綻という歴史の運命からは逃れられない」。この歴史法則を日本の歩みが証明していると説く。

 「1949年に中国人民革命が偉大な勝利を勝ち取り、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの多くの国家は次々に民族独立の道に突き進」みながら「主要資本主義国家」の支配を許しているのは、それらの国々の指導層が「資本階級と妥協し」てしまったからだ。

 『主要資本主義国家経済簡史』には、衰亡に向かう「資本階級と妥協し、武器を差し出し、武装闘争を放棄し」てはならないとの警句が綴られている。

 翌1974年に出版された『資本主義貨幣危機』(尹士楚・貝世京 人民出版社)は、資本主義における通貨危機を論じた。

 「通貨危機は日ごとに深刻化し、現在の資本主義国家を最も悩ませる問題の1つとなり、資本主義各国を頻繁に襲っている」。通貨危機に直面するごとに「資本主義諸国の為替相場は激変し、金の価格は急上昇する。甚だしい場合には外為市場は閉鎖され、国際金融市場は大混乱に陥る」のである。

 こうして「資本主義における政治、経済の危機は深刻化し、国家独占資本主義が深化するにしたがって帝国主義国家はいよいよ財政出動に頼って経済の建て直しを図り、経済危機の脅威からの脱却を画策し、生き残りの道を探」ることになる。

 だが「国家資本主義が目論む様々な方策」は資本家のためのものでしかなく、「広範なる労働人民にとっては過酷な軍事キャンプに強制収容されることを意味する」。資本主義の本質が改められるわけではなく、財政・貨幣・金融危機などを激化させるばかりだ。

 そこで「独占資本階級は国家の持つ様々なシステムを利用し」、「政府の予算を増大させると共に金融市場をコントロールすることを通し」て、危機の先延ばしを狙う。

 だが結果として「膨大な財政赤字を生み、通貨を著しく膨張させ、銀行による金利を限りなく変動させ、国際収支の不安定化を招きながら、資本主義の通貨危機は日々深刻化する。かくして旧い病気が癒えないうちに新しい病気になるように、危機は止むことなく連鎖的に発生する」。

 「通貨危機の暴風に一再ならず襲われている現在、戦後に打ち立てられた米ドルを機軸とする資本主義における世界の貨通貨体系は既に瓦解している。これは、資本主義における通貨危機が新たなる危機段階に突入したことを意味する」。だから「この問題に対し我われは強い関心を持ち研究を進め、国際情勢全体を相対的に把握し、毛主席の革命外交路線を徹底して貫かねばならない」。

 「資本主義各国の通貨膨張に伴い各国紙幣の信用は低下し、金争奪も必然的に激化し、一層の混乱が巻き起こる。米ドルの持つ覇権的地位は下落するが、いかなる資本主義国家の貨幣も米ドルに代わることはありえない」と結論づける。

 資本主義国家においては通貨危機は必然であり、米ドルの覇権的地位の下落は免れない。だが米ドルの相対的優位は揺るがない。そこで『資本主義貨幣危機』は弱体化への道が必然の米ドル体制を「毛主席の革命外交路線」によってブチ破れと、若者を煽る。

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