2022年12月10日(土)

CHANGE CHINA

2021年6月7日

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及川淳子 (おいかわ・じゅんこ)

中央大学文学部准教授

日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了、博士(総合社会文化)。外務省在外公館専門調査員(在中国日本大使館)等を経て、現職。専門は、現代中国社会、政治社会思想、言論空間。著書に、『六四と一九八九』(共著、白水社、2019年)ほか。

毛沢東に異論唱えた老幹部

 丁東氏が長年にわたり親交を結び、聞き取りを続けていたのが李鋭氏(2019年没)だった。中国共産党の改革派老幹部で、101歳で死去する直前まで中国の民主化を訴えていた同氏は、大胆率直な言動で知られていた。長江三峡ダムの開発をめぐり毛沢東に反対意見を直言し、却って気に入られて毛沢東秘書に抜擢された逸話の持ち主でもある。1989年の天安門事件では学生や市民の民主化運動を支持し、中国人民解放軍による武力弾圧に反対したことで、知識人たちから「党の良心」と言われた人物だった。

 筆者は学生時代から李鋭氏のオーラルヒストリーに取り組み、中国の政治文化について研究している。20年ほど前、北京の李鋭氏宅を訪ねた際に丁東氏と知り合い、二人の歴史談議を身近に聞く機会にも恵まれた。文化大革命の時期に8年にわたって投獄された李鋭氏は、その人生を中国共産党の歴史と重ね合わせて膨大な記録を書き残した。晩年、中国国内での出版を禁じられたが、政権への痛烈な批判や政治体制改革に関する建議書の執筆を続けた。

 李鋭氏の娘でアメリカ在住の李南央氏は、香港やアメリカの出版社から『李鋭口述往事』をはじめ数多くの資料を勢力的に刊行しているが、それには丁東氏の献身的な協力によるところが大きい。生前の李鋭氏の傍には、いつも丁東氏の姿があった。共に歴史を語り合った日々を追想する丁東氏の文章は、それこそが歴史の記録である。将棋盤をはさんで向かい合い、談笑していた二人の姿を思い浮かべながらこうして綴ることも、ささやかな記録になるだろうか。

左から李鋭氏、李南央氏、丁東氏(2010年、李鋭氏宅にてHan Lei氏撮影)

 人が去りゆけば、やがて忘れられる歴史の断片がある。だが歴史に学び、より良い未来を築くため忘却を拒絶し、歴史を編む人がいる。去りゆく人を悼む「挽歌」という共通の文化をもつ日本で、中国の人びとの歩みに心を寄せる隣人でありたい。

 最後に、丁東氏の言葉を紹介しよう。「人は完璧ではなく、その智慧は有限だ。いかなる人も、人によって成り立つ団体や政党も、真理の象徴であるはずはなく、過ちを犯す可能性もある。(略)人生の最大の目的とは、光明と真実を追究することであり、思想と言論の自由はそのために保障されなければならない」(丁東ほか『思想操練』広東人民出版社より)

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■押し寄せる中国の脅威  危機は海からやってくる
Introduction  「アジアの地中海」が中国の海洋進出を読み解くカギ
Part 1         台湾は日米と共に民主主義の礎を築く        
Part 2       海警法施行は通過点に過ぎない  中国の真の狙いを見抜け  
Column    「北斗」利用で脅威増す海上民兵
Part 3       台湾統一  中国は本気  だから日本よ、目を覚ませ! 
Part 4     〖座談会〗 最も危険な台湾と尖閣  準備なき危機管理では戦えない
Part 5       インド太平洋重視の欧州  日本は受け身やめ積極関与を
Part 6       南シナ海で対立するフィリピン  対中・対米観は複雑
Part 7         中国の狙うマラッカ海峡進出  その野心に対抗する術を持て

  
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◆Wedge2021年6月号より

 

 

 

 

 

 

 

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