なぜそんなことが起きるのだろうか。企業はお金を積み立てているが、それには運用収入が付く。多くの企業が5.5%で回るとして、退職者に約束して年金を払うことになっている。5.5%で回れば、企業は積み立てたお金から年金を支払える。しかし、回らないので現在の企業の利益、または従業員の賃金を削ってOBに年金を払わないといけなくなる。
思い出してみよう。1990年代の最初、10年で倍になる、すなわち年7%金利が付く金融商品を、長期信用銀行、信託銀行、郵便局が売っていた。ブラジル・レアル建て債券ではなく円建ての金融商品である。その時代なら5.5%で回るのは当然である。しかし、金利はどんどん下がり、今や10年物の国債金利が1%を切っている。5.5%で回ることを前提とした年金など払えるはずがない。
これからの退職者には、低利でしか回らないことを前提にした企業年金を払えば良いが、5.5%で回ることを前提に約束してしまった分の年金を払うだけのお金は貯めていない。これは、過去に決めてしまったことを、状況が変わった時に、どれだけ守らなければならないかという話である。
企業のOBも、自分が過去に会社に預けたお金が5.5%で回って年金をもらっているのではないことを分かっている。差分の4.5%は後輩の賃金か、世話になった会社の利益からくると分かっている。だから、NTTのOBは年金の減額に応じたのだろう。
私は、美談であると思う。実態がどうであれ、形式上は決まっていることだからよこせというのは一つの権利である。しかし、その権利は怪しげなものだと自ら認識して減額に応じるというOBが、NTTの場合9割いたというのである。厚労省は、この美談になんで文句を付けたのだろうか。
企業でできたのなら国家でもできるはずだ。現在の高齢者への潤沢な社会保障は、日本が高度成長していて65歳以上の高齢者が人口の5%しかいなかった時代にできたものだ。ところが、日本の成長率は1%になり、高齢者の比率は2060年には4割となる。
このことについては何度か書いてきたので繰り返さないが(「年金議論を避けるな 社会保障は維持できない」本誌12年3月号)、年金、医療、介護等を含めた高齢者一人当たりの社会保障支出は276万円である(国立社会保障・人口問題研究所の09年の数字に社会保障予算の伸び率をかけて推計した10年の数字)。一方、平均給与は年412万円である(国税庁「平成22年分民間給与実態統計調査結果」(11年9月))。
こんな気前の良い高齢者福祉制度を維持できるはずがない。状況が変わったのであるから、過去の約束も変えるしかない。企業のOBが後輩や会社のことを考えて年金減額に応じたように、日本国のOBである高齢者も将来世代や国家のことを考えて高齢者福祉の削減に応ずるべきだ。