その背景には1980年代前半までは確かに日本人でも不思議に思うような規制があったことがある。例えば、ミネラル・ウォーターの輸入には摂氏100度で15分間沸騰させることが要求されていたり、スキー板の販売に安全シールを貼付するのは「日本の雪質は欧米の雪質と異なるから」といった殆ど屁理屈と思われるような理由づけがなされていた。
それから30年近くが経った今、多くの「非関税障壁」は欧州側の、それもビジネスで成功しなかったいわば「敗者」のパーセプションないしは印象に基づいており、そもそも通商交渉には馴染まない性質のものが多い。それでも日本側は何とかEPA交渉開始に道を開くためにいくつかの改善策を提示した。都市部で自動車の保守修理工場の開設を容易にするためのガイドラインやアルコール飲料の卸売ライセンスの条件緩和、食品添加物規制についての見直しなどがその一例である。
交渉上手な欧州委員会
日本政府のこうした努力が実を結び、EUの行政府に相当する欧州委員会の姿勢も徐々に好転、日本とのFTA交渉に前向きになってきた。
欧州委員会の貿易総局は当初は対日交渉開始について極めて消極的であったが、それも彼らの「戦術」であった可能性が高い。そもそも貿易総局は通商交渉で成り立っている部局であり、それが彼らの正当性の根拠、いわばレゾン・デートル(存在意義)である。日本とのFTAに対してEU域内で反対が多いことを理由に消極姿勢をアピールし、その上で「スコーピング」という名のプレ交渉を持ちかけて日本から非関税障壁について具体的なオファーを取り付ける作戦に出た。交渉開始のハードルを上げておいて、日本からの譲歩を本格交渉の前段階で獲得する、実に巧妙な交渉戦術である。EUとのEPA不在に由来する韓国との「競争劣後」に悩む日本産業界の思惑を知り抜いたうえでの作戦である。
さて対外的には交渉上手な欧州委員会よりも苦手な存在が先にふれた欧州議会である。FTA交渉が終わっても、その結果について各加盟国議会に加えて欧州議会の批准がなければそのFTAは成立しない。各国議会の方は加盟国政府に任せるにしても、権限を強化されてきている欧州議会は欧州委員会が説得するしかない。その欧州議会が先の国際貿易委員会の決議を受けて10月25日にストラスブールで開催された本会議で日本とのFTA交渉を支持する決議を行ったことは注目に値する。日本が非関税障壁や政府調達について歩み寄ることが条件とされているが、兎にも角にも交渉開始を議会として承認したことの意義は大きい。