「子どもの頃からオリンピックに出たいと思っていた夢がついに実現する。それはそれで本当に『楽しみ』です。でも、それより『怖さ』のほうが大きくなるなんて夢にも思いませんでした。もちろん、その恐怖心を大きくしているのはコロナです。自分たち代表選手も海外から入って来た代表選手団と大会期間中は〝バブル方式〟の中で一緒になる。
ウガンダ選手団の(コロナ陽性発覚の)ニュースもあった中、日本のチェック体制は本当に大丈夫なのか。そういう不安要素を抱えたまま本番の戦いに臨まなければならないのは精神的にもかなり厳しくなります」 一語一句には、代表選手当人にしか分からない苦悩がにじみ出ていた。そして、その「怖さ」に含まれるのは「コロナ禍における国民からの目線」も実は大きいという。
「今はオリンピックに向けて開幕直前なのに『やるぞ、頑張るぞ』と声を大にして言えないのが心底辛い。代表に選ばれたことは平時なら名誉であるはずなのに、なぜこんな時にオリンピックを開催するのかという意見が多数飛び交っている現況下ではどうしても何も言えなくなってしまう」
開幕と同時にポジティブにいい方向へ流れが変わることを期待
とはいえ、決してマイナス思考だけでなく開幕と同時にポジティブにいい方向へ流れが変わることも期待している。
「いざ東京五輪が開幕したら一斉に風向きがガラリと変わってオリンピックの盛り上げムードになり、結局は蓋を開けたら日本全体も段々と五輪一色に染まっていくのではないかなと…。そうすれば『怖さ』も大分なくなって競技に集中できるはずです。日本人の人たちの国民感情は以前から感化されやすいところがあると思うので、そうなるような気もします。だから、今は我慢の時。他の多くの代表選手も、そのように好転する期待も含め〝予想〟している人は多いですね」
確かに、あながち間違った推論ではないような気もする。今は「反五輪」のトーンを強めているメディアも東京五輪が開幕すれば手のひらを返すようにして、アスリートたちの闘い模様にクローズアップするのは容易に想像がつく。無論、東京五輪の取材用パスを取得している筆者も大会期間中は現場で各国代表選手たちのメダル争いや舞台裏の姿を追い、取材を重ねていくつもりである。
なるほど、これによって日本国内の報道は一斉に〝東京五輪シフト〟に切り替わり、あれだけ強行開催に大ブーイングを上げていた国民の多くからも「ニッポン、ニッポン」の応援コールが一気に響き渡るようになるのかもしれない。世界の中でも「比較的流されやすい」と称される日本人の〝真骨頂〟は、ここに極まれりといったところだろうか。
スポーツを取材する側として盛り上がるのは大いに結構だが、もしも本当に手のひら返しのように日本国内で五輪フィーバーが起こるとしたら「ちょっと前まで反対と叫んでいたのは何だったのだろうか」という思いにさいなまれ、何だか心中複雑な気分になりそうだ。
いずれにせよ、今度の東京五輪は我々にとって過去経験したことのない稀有なビッグイベントとなる。大会開催へ突っ走り続けた日本政府やIOC、大会組織委、東京都、JOCは開幕当日、きっと大願成就で万々歳だろう。だが、それとは対照的に果たしてどのように向き合うのが正解なのか、参加するアスリートも、取材するメディアも、そして国民も明確な答えが出せないまま歴史的な大会のオープニングを迎えようとしている。
奇跡でも何でもいい。開催される以上、今はとにかく「安心安全」な大会として東京五輪がコロナ拡散もなく平穏無事に成功してくれることを心から祈りたい。
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。