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Wedge REPORT

2021年7月26日

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角 潤一 (すみ・じゅんいち)

在イラン日本国大使館 一等書記官

イラン・ペルシャ語専門の現役外交官。1998年外務省入省。ロンドン大学東洋アフリカ研究学院で中近東学の修士号を取得。外務本省でイランやエネルギー安全保障等を担当し、イラン、イラク、アフガニスタン、ニューヨーク(国連代表部)で勤務。19年10月から現職。

勝者なき戦い

 5月25日、イラン内務省は「憲法擁護評議会」による資格審査を通過した7人の大統領候補を発表した。同評議会は民主的なコントロールの外にあり、最高指導者の意向を汲み取って立候補者を事前審査でふるいにかけていると指摘される存在だ。

 この日まで、筆者を含め多くの関係者は、満を持して登場したライシ司法府長を中心に、ジャリリ元国家安全保障最高評議会書記やレザイ元革命防衛隊司令官などが脇を固める「護送船団方式」の強硬派に対し、今年8月に退陣するロウハニ政権を引き継ぐジャハンギリ第一副大統領、穏健派や改革派の支持をまとめ得る可能性を秘めたラリジャニ最高指導者顧問が挑む構図を描いていた。ウィーンでの核交渉がタイムリーにまとまれば、穏健派候補に一定の勢いを与える「必殺技」になるかもしれないとの見方もあった。

 しかし、発表された大統領候補7人には、ライシ師、ジャリリ氏、レザイ氏などの強硬派候補が順当に残る一方、ジャハンギリ氏やラリジャニ氏の名前はなかった。筆者は思わず、「あっ、終わった」と小さく叫び、そしてなんとも言えない脱力感に襲われた。これが、イランの一般国民が何年も前から感じていた無力感なのかもしれない。

「イランの革命体制が壮麗に持続している秘密は、『イスラム』と『共和制』が歩調を合わせていることにある」

 大統領選期間の真っただ中、イスラム共和国体制の「設計者」である前最高指導者ホメイニ師の命日(6月4日)に、現最高指導者であるハメネイ師が述べた言葉である。イランの憲法は、「神の主権」と「国民主権」のハイブリッド。イスラム法学者から選出された最高指導者が、神の暫定的な代理として国家のトップに君臨する骨格を有しつつも、大統領や国会、専門家会議(最高指導者を罷免・選出する機能を有する)を国民の直接選挙によって選ぶことで一定の民意を汲み取る仕組みを内包している。

 憲法擁護評議会によって最高指導者の意に沿わない候補を排除した上で、一定の選択肢を国民に提示し、限定的ではあるが、民意を反映して体制のナンバー 2である大統領が改革派・穏健派と強硬派の間を揺れる。これがある種の「免震構造」となり、時に国民の不満のガス抜きをしつつ、新陳代謝をはかり、ゆらゆらと揺れながら40年以上、この体制を維持してきた。

(出所)各種資料を基にウェッジ作成 写真を拡大

 しかし、今回、その選択肢に「幅」はほとんどなく、強硬派のライシ候補一点買いしかない状況となった。

「遊び」を失う革命体制

 選挙結果もそれを如実に表している。得票率62%(約1800万票)で「ライシ師の圧勝」とされる裏で、過去最低の投票率(48.8%。前回・前々回選挙ともに約73%)と過去最大の無効票(400万票)となった。とりわけ、ライシ師に次ぐ「第2位」となった無効票数は、前回選挙の3倍超、前々回選挙の約10倍という異例の数である。投票箱に背を向けた過半数の有権者と、「白票を投じることはハラーム(禁忌)である」との最高指導者の警告に反した400万人。彼らは、今回の選挙に一矢を報いたのかもしれない。

 投票率は、従来、イスラム革命体制の有効性を示すバロメーターとして、体制指導部が重視してきた数値であった。現在82歳のハメネイ師は、40年以上続く長寿番組のメインキャストとして、過去最低の視聴率のまま番組改編期を迎えることは避けたかったであろう。

 それでも「民主的な選挙」という体面を捨て、ノーサプライズを演出した背景には、安定的な体制の移行を見据えた布石との見方が強い。ライシ新大統領が、次期最高指導者として確定したと見るのは全く時期尚早であるが、そのレースへの出場権を得たことは間違いないだろう。彼をここまで担ぎ上げてきたのは、革命の守護神たる革命防衛隊であるとの指摘も多い。

 しかし、強硬派で〝一枚岩〟となった体制が国民の期待に応えられないとき、その不満のマグマは大統領を飛び越え、最高指導者へと直接向かう危険性をはらむ。元来有していた「遊びの部分」を失い、硬直化した体制が国民の〝激震〟に耐えられるのか。中長期的に見たとき、この大統領選でいったい誰が勝ったのか、あるいは負けたのか、見えてくるだろう。

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