イラン核合意をめぐる米国とイランの交渉は穏健派ロウハニ政権の任期が終了する8月3日までがヤマだ。国内の体制固めを急ぎたい強硬派のライシ次期政権は交渉をまとめる際、合意の不備はロウハニ政権に押し付け、制裁解除に伴う経済的な得点だけを誇示する思惑のようだ。バイデン米政権にとってはそこが付け入る“狙い目”だが、なお2つの大きな障害が残っている。
合意を「再び破棄しない保証」を要求
ウイーンで行われている米国とイランによる間接交渉は第6ラウンドが終わり、双方とも継続の意向を示している。注目されていたライシ次期大統領は当選後の記者会見で「国益が保証される限り」という前提つきながら、交渉を続ける考えを明らかにしている。バイデン政権の高官もこのほど、双方に深刻な相違があるとしながらも、交渉継続の姿勢を強調した。
交渉の目的は米国が核合意に復帰し、対イラン制裁を解除する見返りに、イランがウラン濃縮などの「合意破り」を是正することだ。米紙ワシントン・ポストは当局者の発言として「ほぼすべての分野で進展があった」と伝えており、合意文書の作成も概ね終わっているとの報道もある。
イランはトランプ政権が2018年に合意から離脱したことに反発、核開発を進めることで、制裁解除に向けた“脅し”を強めてきた。イラン側の発表によると、6月中旬の時点で、濃縮度20%のウランを108キロ、同60%のウランを6.5キロ保有するまでになっている。国際原子力機関(IAEA)はイランの濃縮ウランの貯蔵量を約3240キロとしている。
濃縮度60%のウランだと理論的には「1週間」で核爆弾製造レベルにまで引き上げることが可能で、ブリンケン米国務長官が「数週間で核爆弾を製造可能」と懸念を示す所以だ。バイデン政権は最大の外交課題を対中戦略としており、イラン問題を早期に片づけ、中国対応に集中したいというのが本音だ。最近、対イラン制裁を一部解除したのもイランに歩み寄りのメッセージを送ったものと見られている。
だが、交渉にはまだ2つの深刻な障害が残ったままだ。米紙ニューヨーク・タイムズなどによると、1つは、トランプ前大統領の一方的な合意離脱に懲りたイラン側が二度とこうしたことが起きないよう書面での保障を要求していることだ。イラン側はこの他、米国が再び制裁を科さないよう求めている。
2つ目は米国からの要求だ。バイデン政権は合意への復帰を「新しい合意」への足掛かりにしたい考えで、合意交渉が妥結した後、直ちに「新しい合意」のための交渉を開始することをイラン側に提案している。「新しい合意」とは何か。現在協議中の核合意の有効期限は2030年までで、失効した後、イラン側が核開発を抑制する義務はなくなってしまう。このため、これに代わる合意ということだ。
強硬派政権はバイデン氏にとって悪くはない
トランプ前大統領が「史上最悪の合意」と非難した理由がここにある。だからバイデン氏は後9年で失効する合意の後に「より長期的で強力な」合意を作ろうとしているわけだ。米側はさらに、①イランの弾道ミサイル開発の規制②中東各地の武装勢力への支援停止―も「新しい合意」に盛り込むことを要求している。
イラン側はこうした米国の要求に反対しており、ライシ次期大統領も会見で「交渉の余地はない」と拒否した。しかし、次期大統領にとっても、制裁で経済がどん底状態にある状況からの脱却は喫緊の課題。これまでは穏健派のロウハニ政権を批判していればよかったが、国の舵取りを担う今後はそうはいかない。政権の船出早々、国民の批判を浴びるようなことは回避したいところだろう。
「そこで最高指導者ハメネイ師がシナリオを描いた。ロウハニ政権下で合意への米復帰と制裁解除をまとめさせ、その経済復興の“果実”はライシ政権が享受する、というものだ」(ベイルート筋)。合意をまとめる際、イラン側に不利な譲歩をしたとしても、批判の矛先はロウハニ政権に向かわせるようにし、ライシ政権が成果だけをもぎ取るという戦略だ。
この背景には「ハメネイ師の深謀遠慮がある」(同)。82歳という高齢のハメネイ師は最高指導者の後継者をライシ師に決めたと観測されている。「ライシ政権への政権移行とその後に控える最高指導者への禅譲を円滑に行うため、制裁問題に素早く決着を付け、国内の体制固めに集中する」(同)というのがハメネイ師の思惑だろう。
将来のライシ体制を盤石にするためには反対勢力である改革派や穏健派をこの機会につぶしてしまうという狙いだ。ハメネイ師が牛耳る護憲評議会が大統領選の候補者から有力な穏健派候補を締め出したのも最初から考え抜かれた路線だったと思われる。
かつてイラン・イラク戦争の終結の際、初代最高指導者のホメイニ師がそれまでの戦争継続の方針を転換し、国連の停戦を受け入れたのも高齢である自らの先行きを見切って、当時大統領だったハメネイ師に最高指導者を禅譲するためだった。スムーズな権力の移行を成し遂げるため、反体制派の粛清を断行、その先鋒に立ったのが検事だったライシ師だったのは特筆に値する。
バイデン政権にとっては、こうしたイラン側の権力の交代をめぐる状況は必ずしも悪いものではない。国内問題に集中するため制裁問題を早く片づけたいというイラン側の思惑に乗じることができる余地が生まれるからだ。22日付ニューヨーク・タイムズも「イラン強硬派大統領の誕生は核合意復帰への最善のチャンス」という見出しを掲げた。