2024年12月8日(日)

中東を読み解く

2021年6月14日

 イスラエルで6月13日夜、極右政党「ヤミナ」のベネット元国防相を首相とする8党による連立政権が発足した。通算15年もの長期政権を担ってきたネタニヤ氏は権力を失った。だが、同氏ら右派勢力からのベネット新首相に対する「裏切り者」非難は凄まじく、かつてパレスチナ和平に踏み切って凶弾に倒れたラビン元首相の“暗殺前夜”に状況が酷似してきたと懸念されている。

(Simon Lehmann/gettyimages)

トランプ氏と同じ手法

 ネタニヤフ氏は自らに敵対する新政権樹立の可能性が高まるにつれ、政権に参画するベネット氏や第2党の中道政党「イェシュアティド」の党首であるラピド元財務相、右派政党「新しい希望」率いるサール元教育相ら3人に対する「裏切り者」非難を強めた。3人は元々、ネタニヤフ政権で補佐官や閣僚を務めた経歴の持ち主だけに、その怒りは一段と強かった。

 特に極右でありながらネタニヤフ氏に反旗を翻したベネット氏に対する攻撃は激烈だった。3月に行われた総選挙を「史上最大の不正選挙」と批判、ベネット氏を「うその常習者」「右派の票を乗っ取った」「テロの支持者である危険な左派政権を樹立しようとしている」「彼らの政権にはディープステート(影の政府)が根付いている」などと罵った。

 何の根拠もなく非難し続ける手法は米国のトランプ前大統領が昨年11月の選挙に敗れた後、負けを認めずに「民主党が選挙を盗んだ」などと主張したやり方と全く同じだ。「ディープステート」という言い回しもトランプ氏そっくりだ。トランプ氏の支持者に対する「死ぬ気で戦え」という扇動で、今年1月に米議会襲撃事件が起きたのは記憶に新しい。

 ネタニヤフ氏は密告者を描いた旧約聖書の一部物語まで持ち出してベネット氏の“変節”を強調、ベネット氏がイスラエル国民を裏切った人物であることを印象付けようとした。さらにネタニヤフ氏の息子はインスタグラムやツイッターで、ベネット氏や同氏の片腕のシャケド議員らの自宅の住所を公表、支持者らに抗議デモを掛けさせるなど扇動した。これにより、息子のSNSアカウントは一時停止措置となった。

 しかし、ベネット、シャケド両氏の自宅には、こうした攻撃に扇動されたネタニヤフ支持者らのデモ隊が連日のように押し掛ける騒ぎになった。支持者らの中には、ネタニヤフ氏を旧約聖書の預言者モーゼに擬えて「現代のモーゼ」と呼ぶ熱狂的な信奉者も多い。

テロの脅威が現実味

 イスラエルメディアなどによると、ベネット氏やシャケド氏の他、「ヤミナ」のオルバッハ議員らに対し、“殺害予告状”が届いており、治安当局は警護員を増強したとされる。こうした中、国内の治安機関「シンベト」のアーガマン長官が先週、「過激な暴力や扇動の高まりの兆候」を警告、異例の警戒を呼び掛けた。

 長官はこの警告に先立ち、ユダヤ人極右勢力が計画していた1967年の第3次中東戦争の戦勝記念日のデモを新政権発足後に延期させた。デモはエルサレムの旧市街地を行進することになっていたが、これがパレスチナ人らを刺激し、大規模な衝突に発展することを恐れたためだと見られている。

 地元メディアや米紙などによると、「シンベト」など治安当局が警戒を強めるのは、現在の国内状況が1995年11月4日に発生したラビン元首相の暗殺事件当時に酷似しているからだ。ラビン元首相はクリントン米元大統領の仲介で、オスロ合意に署名し、パレスチナ和平に大きく踏み出した。

 元首相はホワイトハウスでそれまで敵対してきたパレスチナ解放機構(PLO)の故アラファト議長と歴史的な握手を交わし、パレスチナ自治区創設に同意し、将来のパレスチナ国家樹立に向けて舵を切った。このラビン氏の決断はネタニヤフ氏ら右派勢力から「テロ組織に屈服した裏切り者」などと強い批判を浴びた。

 ネタニヤフ氏はラビン氏がパレスチナ自治区の入植者の過激なユダヤ人青年に暗殺される数時間前、ラビン氏の和平の決断を非難し、同氏に対する脅しを諫めようとはしなかった。ラビン氏にはユダヤ教超保守派の宗教指導者らも批判していたが、今回もユダヤ教指導者が「あらゆる手段を使ってベネット政権の発足を阻止せよ」などと訴えており、扇動された過激派がベネット氏らにテロ行為を仕掛けることが心配されている。


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