中東を読み解く

2021年5月14日

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イスラエルの対空砲火(REUTERS/AFLO)

 イスラエル軍地上部隊は5月14日未明、パレスチナ自治区ガザの武装組織ハマスに対し、砲撃を開始した。地上侵攻が切迫、全面戦争の様相となった。ネタニヤフ首相は「高い代償を払わせると警告してきた」と攻撃続行の構えを示した。首相は組閣に失敗して追い詰められていた政治的危機を今回の軍事的危機を利用して優位に転換、なんとしても政権維持を図る思惑と見られる。

「ナクバ」(大惨事)の日に向けさらに緊張

 イスラエルの発表などによると、ハマスは戦争が始まった10日以降、これまでにイスラエルに約1500発を超えるロケット弾を発射、一部は最大都市テルアビブやベングリオン国際空港、聖地エルサレムの周辺に着弾した。イスラエル側の死者は7人に上った。テルアビブでは学校が閉鎖され、企業も休業を余儀なくされた。軍事専門家はハマスのロケットの射程距離や精密度が格段に上がり、「ゲームは変わった」と指摘している。

 対して、イスラエルはハマスの軍事拠点など約350カ所以上を報復爆撃、パレスチナ側によると、パレスチナ人の死者は100人を超えた。うち子ども14人が含まれている。13階建てのビルが崩壊するなどイスラエルの爆撃で民間人が多数巻き込まれているもよう。イスラエル地上軍がガザに侵攻すれば、2014年の「ガザ戦争」以来となる。

 14年の侵攻では、パレスチナ人2200人が死亡、イスラエル軍兵士70人も戦死した。ネタニヤフ首相によると、今回、ハマス側から停戦交渉の要請があったが拒否したという。首相は「これは始まりにすぎない。彼らは高い代償を支払うことになる」とあくまでも徹底攻撃を続ける考えを表明していた。

 緊張しているのは対ガザ地区だけではない。イスラエル各地でもパレスチナ人と極右ユダヤ人らが衝突した。中部の町ロドやアクレ、ジャファなどでエルサレムの奪回やハマスを支持するパレスチナ人と、「アラブ人に死を」と唱えるユダヤ人集団とがいがみ合った。数十人がイスラエル治安当局に逮捕されたが、「内戦」を憂慮する声すら出始めている。

 ネタニヤフ首相は国内の暴徒も徹底的に取り締まる方針を強調しているが、15日はイスラエル建国に伴ってパレスチナ人70万人が難民化した「ナクバ」(大惨事)の日で、反イスラエル感情が一気に高まる。このため、ハマスとの戦争も、またイスラエル国内でのパレスチナ人の抗議行動も激化するのではないかと懸念されている。

反ネタニヤフ陣営の切り崩しに着手

 ハマスとの全面戦争という軍事的な危機もネタニヤフ首相にとっては政治的な延命、政権維持の好機と映っているようだ。首相は5月初め、3月の総選挙の結果を受けた連立工作に失敗した。現在は議会第2党率いるラピド元財務相が連立工作中。ラピド政権が発足すれば、刑事被告人の身でもある首相の窮地は一段と深まることは必定だ。

 だが、ラピド元財務相の連立工作にも大きな弱点がある。政権に参画する議員数はギリギリ過半数(60議席)を上回る可能性があるものの、アラブ政党から右派まで理念や主義主張がばらばらで、唯一一致しているのは「反ネタニヤフ」という点だけだ。6月2日が組閣期限となっている。

 しかし、今回の戦争激化とイスラエル治安部隊がイスラムの聖地アルアクサ・モスクの敷地に突入したことで、アラブ系市民が反発。このためアラブ政党「ラアム」(4議席)が政権参画に難色を示し始め、ラピド政権の見通しが不透明になってきた。「ラアム」の協力なしでは過半数に達せず、政権発足はできない。

 この状況を千載一遇のチャンスととらえたのがネタニヤフ首相だ。首相はイスラエルが過去、国家的な危機に際しては、与野党の相違を乗り越えて結束してきた点をアピールし、ネタニヤフ政権の下で危機に対処すべきだと訴えている。首相としては、反ネタニヤフ陣営に揺さぶりをかけて切り崩したい考えで、すでに中道政党「青と白」のガンツ国防相に政権協力を打診したとも伝えられている。

 幾多の政治的な危機を乗り越えてきたしたたかな首相の真骨頂だが、ライバルのラピド氏は「戦争の激化がネタニヤフ政権を維持する理由にはならない。それどころか、だからこそ速やかに彼は交代しなければならない」と投稿し、首相の動きをけん制した。しかし、現実に戦争が激化している時に、首相や国防相が交代することに反対する国民も多く、政局は“一寸先は闇”の展開だ。

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