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INTELLIGENCE MIND

2021年9月5日

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小谷 賢 (こたに・けん)

日本大学危機管理学部教授

1973年生まれ。ロンドン大学キングス・カレッジ大学院修士課程修了、京都大学大学院博士課程修了。防衛省防衛研究所主任研究官、英国王立防衛安全保障研究所(RUSI)客員研究員、防衛大学校講師等を経て現職。主な著書に『インテリジェンスの世界史』(岩波現代全書)、訳書に『特務 スペシャル・デューティー』(日本経済新聞出版社)など。

 それまでのNSAの通信傍受任務はソ連や東欧圏から発せられる特定の通信に耳を傾けているだけで良かったが、テロリストとなるとどこに潜んでいるかもわからず、その通信も特定できない。そうなるとまず世界中からブルドーザー式に通信情報を集め、それをふるいにかける必要性が生じていたのである。

 こうしてテロからわずか45日後に「米国愛国者法」が制定され、NSAの調査権限が大幅に強化されることになった。しかし調査権限の強化は、一般の米国人の通信を侵害することにも繋がった。基本的にCIAやNSAといった情報機関は、米国内にいる米国人を監視対象にはできないが、米国愛国者法はそのような制限を大幅に緩和することになり、NSAはテロとの戦いに没頭することになった。もはや電波だけではなく、サイバー空間においても手当たり次第に情報が収集されるようになり、その多くはテロとは関係のないものとなっていた。

メルケルが激怒した
スノーデン告発の顛末

 これに危機感を持っていたのが、かのエドワード・スノーデン氏である。当時、氏はコンピューター企業のデル社の契約社員として、ハワイのNSAクニア基地のシステム管理者として勤務しており、部内情報に端末からアクセスできる立場にあった。13年6月、氏は仕事場から無断で大量のデータを持ち出し、逃亡先の香港でNSAの機密情報を英国の『ガーディアン』紙上で公開したのである。

 その世界的反響は大きく、NSAが規制されているはずの米国市民に対する情報収集を行っていたことがまず問題となり、さらに米国がその同盟国である日本やドイツ政財界の通信を傍受していたことは外交問題に発展した。

 ドイツの『シュピーゲル』誌によると、NSAはアンゲラ・メルケル首相や日本の麻生太郎首相(当時)の携帯電話の電波を傍受していたようである。ちなみに米国はファイブ・アイズ諸国に対してはお互いに監視をしない協定を締結しているが、その他の同盟においてはそのような約束事は存在しない。そしてこれに衝撃を受けたのがドイツであった。

 ドイツの情報機関は国内でNSAと協力してテロリストを監視していたはずだったが、その裏でNSAはドイツの政財界に対する通信傍受を密かに行っていたのである。メルケル首相は米国に対して猛烈な抗議を行った上で、ドイツのファイブ・アイズ入りを求めたようであるが、当時のオバマ大統領は取りつく島もなかったという。このような顛末を知る者にとって、最近の米英が日本にファイブ・アイズ入りの秋波を送っていることは驚きに映る。

 今でも米国内におけるスノーデン氏への評価は「NSAの秘密情報を公開した裏切り者」と、「情報機関の暗部を明らかにした英雄」に二分されている。その評価が固まるまでにはまだ時間がかかるだろう。

 しかしスノーデン氏の暴露は、行きすぎた情報機関のテロ調査権限に一定の歯止めをかけるきっかけにはなったといえる。15年6月には新たに「米国自由法」が可決され、NSAの無分別な情報収集に歯止めがかけられたのである。

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Wedge 2021年9月号より
真珠湾攻撃から80年
真珠湾攻撃から80年

80年前の1941年、日本は太平洋戦争へと突入した。
当時の軍部の意思決定、情報や兵站を軽視する姿勢、メディアが果たした役割を紐解くと、令和の日本と二重写しになる。
国家の〝漂流〟が続く今だからこそ昭和史から学び、日本の明日を拓くときだ。

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