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INTELLIGENCE MIND

2021年5月19日

 最近、国際問題関連のニュースで「ファイブ・アイズ」という単語を聞くようになった。私自身は2010年ごろから使用していたが、一般的に使われるようになってからはまだ日が浅い。ただ「エシュロン」という言葉なら聞き覚えのある方もいらっしゃるかもしれない。エシュロンは2000年前後に日本でも話題となった。だがこれはファイブ・アイズ諸国が行う作戦名の一つであり、その後、ファイブ・アイズの方がより正確だと認識されるようになり、現在に至っている。

 ではファイブ・アイズとは何だろうか。これは米英加豪ニュージーランドの、英語を母国語とする5カ国のインテリジェンス同盟のことである。5カ国は協力して世界中の電波、サイバー空間から日々情報を収集しており、一般にこれを「通信傍受」と呼ぶ。インテリジェンスの世界で最も秘匿度の高いのがこの通信傍受の世界だ。

 スパイ活動や偵察衛星の世界も秘匿度は高いが、どれが一番秘匿されるべきかというとやはり通信傍受になる。この領域は暗号を扱っており、これが秘中の秘とされるためだ。歴史を振り返れば、通信傍受と暗号解読に成功したものが外交や戦争を制してきた経緯もある。恐らく凄腕のスパイよりも、暗号解読によって歴史をひっくり返した事例の方がよく知られているのではないだろうか。代表的なのが、1942年6月のミッドウェー海戦だ。当時劣勢にあった米海軍は暗号解読によって日本海軍を待ち伏せする作戦でこの戦いに大勝利し、その後の太平洋戦争の趨勢を決定づけた。

大韓航空機撃墜
情報察知した日本

 ファイブ・アイズの歴史的な経緯は、第二次世界大戦中に枢軸国の暗号解読について、米英が協力したことが発端であった。米国は日本の暗号が解けたがドイツのものは解けず、英国はドイツの暗号が解けたが日本のものは解けず、といった具合だったので、両国が協力すればちょうど良かったのである。こうして米英は日独の暗号を解読して戦争を勝利に導いた。

 本来であれば両国の協力関係はここで終わりだったはずだが、米英の政治や軍事のリーダーたちは、戦後、連合国の一員であったソ連が敵に回ることを予感していた。ただしソ連の暗号は当時からとても高度で、米英両国とも解読に手を焼いていた。そこで戦後も協力してソ連の暗号を解こうということになり、46年3月にUKUSA(ユーキューサ)協定というものが結ばれている。

 この時、両国の担当者は抜け目がなく、本来であれば「ソ連を対象とした通信傍受活動を行う」という一文で良かったはずが、「米英と英連邦諸国以外のすべての国を対象として通信傍受を行う」としたため、ソ連が崩壊した後も引き続きこの協定が有効となっているのである。その後、第二次大戦中から米英の通信傍受活動に協力し、傍受の対象から外されていたカナダ、豪州、ニュージーランドが参加することで現在の体制が確立した。

 当時はソ連や東欧圏から発せられる電波を収集する必要性から、ファイブ・アイズ諸国は世界中に電波傍受施設を設ける必要があった。ノルウェーやデンマーク、西ドイツ、日本、韓国などに通信傍受施設が置かれたが、基本的にそこで得られた情報はファイブ・アイズ内でしか共有されず、その他の国に知らされることはなかった。米国から見た場合、自国が「第一グループ」、英加豪ニュージーランドが「第二グループ」、日独は「第三グループ」といった具合である。

 日本でも戦後直後に東京北部のキャンプ王子や青森県の大湊で通信傍受活動が始まっている。そして日本は83年9月1日深夜に大韓航空機撃墜に関わる決定的な情報を傍受している。本情報を傍受したのは北海道・稚内の通信所であり、そこでは日米双方の傍受員が勤務していた。大韓航空機を撃墜したソ連防空軍戦闘機の交信を傍受・録音していたのは陸上自衛隊の調査二部別室(調別)であったが、この録音テープは中曽根康弘首相(当時)の政治判断で即座に米側に引き渡されている。

1983年9月に撃墜された大韓航空機の機体破片を手にするソ連関係者。撃墜に関わる決定的な情報を傍受したのは北海道・稚内の通信所であった (AP/AFLO)

 通信傍受の秘匿性が高いもう一つの理由は、友好国や同盟国に対しても、常に裏でこっそりと聞き耳を立てる可能性があるということだ。第二次世界大戦が始まってしばらくの間も英国は米仏に対する通信傍受を止めなかったし、米英は当時同盟国であるはずのソ連に対しても通信傍受を行っていた。現在、米国は同じファイブ・アイズ諸国に対する通信傍受は行っていないとされるが、ファイブ・アイズ以外の同盟国である日本やドイツに対しては容赦がない。

 それはやはりUKUSA協定に「米英と英連邦諸国以外のすべての国を対象」と明記されていることと、やはりインテリジェンス同盟というものが最重要視されるためである。特に問題になったのはソ連崩壊後の90年代に米英が日本や欧州の民間企業に対する通信傍受活動を行い、その情報をそれぞれの民間企業に流していたことだ。

エシュロンの存在を
スノーデンが暴露

 最も被害を受けたのは、これによって談合が見つかったフランスの企業であったとされ、問い詰められた当時の中央情報庁(CIA)長官ウルジー氏はこれを認めるばかりか、そもそも悪いのは談合を行ったフランス企業の方だと開き直ったのである。激怒した欧州議会は調査委員会を設置し、2001年の最終報告書において「エシュロン」について明記された。こうして初めてその存在が世に知られることになったのである。

 その後、エシュロンについては鳴りを潜めていたが、13年6月には晴天の霹靂ともいうべき、スノーデン氏による暴露が世間を騒がせた。同氏は米国の通信傍受の牙城である国家安全保障局(NSA)に出入りすることができたエンジニアであり、ハワイのクニア基地内のコンピューターから部内資料を大量にダウンロードして持ち出したようである。

 このリークによって、ファイブ・アイズの存在が自明のものとなり、21世紀に入っても日本や欧州諸国といった米英の同盟国も引き続き通信傍受のターゲットになっていたことが明らかになった。ところがその後、中国の影響力拡大に伴い、米英は方針転換をしたのか、昨年あたりから突如、日本にもファイブ・アイズに参画するよう秋波を送るようになってきた。インテリジェンスの世界は複雑怪奇だ。

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