2024年4月19日(金)

INTELLIGENCE MIND

2021年8月8日

2003年当時、CIA長官を務めていたジョージ・テネット氏。米ブッシュ政権からイラクに大量破壊兵器が存在する証拠を収集せよと命じられ、CIAは情報を得るのに苦戦した (REUTERS/AFLO)

 現在、米国では18もの情報機関がインテリジェンス・コミュニティーを形成していると言われている。その全体像は人員20万人以上で、情報機関だけでも我が国の自衛隊の規模に近いものがある。予算は9兆円強と日本の防衛予算(約5兆円)を凌駕する。

 最も有名な組織は中央情報庁(CIA)であろう。CIAは2万人を超える巨大で、独立した組織である。独立というのは、国家安全保障局(NSA)が国防総省、連邦捜査局(FBI)が司法省の管轄下にあるのに対して、CIAは監督省庁を持たず、「大統領に直属する組織」だということである。日本ではよく「中央情報局」と訳されるが、これほどの規模と独立性があれば、「庁」のほうが実情に合っているといえる。

 また「中央」の名にも意味がある。かつてCIA長官はCIAを統括すると同時に、米国のインテリジェンス・コミュニティーの「中央」で他情報機関の情報を集約し、それを纏めて大統領に報告する義務を負っていたことに由来する。

 CIAはよく映画や小説内で、本部が「ラングレー」という場所にあるという設定になっている。だが現在、CIAの住所は「バージニア州マクリーン」であるので、「マクリーン」と言った方が正確である。「ラングレー」はCIAの所在する近辺の住所ではあるが、現在は住宅地となっており、私も元職員の方に車で案内してもらった際、住宅地を指して「この辺がラングレーさ!」とジョークを飛ばされたことがある。

意外に成功工作は少数
大統領が握る命運

 CIAの任務は米国外での工作活動と情報収集、分析活動である。英国の秘密情報部(MI6)が秘密性を重視するのに対し、CIAの方はどちらかといえば工作や分析を重視しており、国内の職員はそれほど身分を隠す努力はしない。私の知り合いは、「CIA」とロゴの打たれたカバンを堂々と国際会議の場で持ち歩いていた。

 それでも海外で工作活動にあたる職員は偽名を使って隠密に活動しており、こちらは簡単に身分を明かすことはない。1947年の創設からこれまでに任務で命を落とした職員の数は137人で、そのうち37人は名前すら明かされていない。ただ過去において、CIAが関与した工作が華々しく成功した事例は少なく、53年のイラン・モサデク政権転覆クーデターと66年のガーナ大統領エンクルマの失脚ぐらいである。

 日本には48年頃に入ってきており、それ以来、東京の米国大使館にCIAのポストがある。当時のCIAは吉田茂首相の有力な後継と見なされていた官房長官の緒方竹虎を積極的に支持しており、CIA内では緒方に「POCAPON」というコードネームが付けられていた。緒方の急逝後も、自民党に毎年7万~8万ドルの政治資金を提供していたといわれており、CIAは裏から日本の政治に影響を与えようとしていたのである。

 情報収集についてはそれなりの定評があるCIAだが、情報が効果的に活用されるかはその時々の大統領がCIAをどれだけ重視するかにかかっている。2003年のイラク戦争の際、当時のブッシュ政権はCIAに対してイラクに大量破壊兵器が存在する証拠を収集せよと命じている。ところが後で分かったことだが、当時のイラクにはそのようなものはなく、命じられたCIAは四苦八苦することになる。

 その結果、ねつ造に近い杜撰な情報が政権に提供され、しかも米国はそれを口実に戦争を始めてしまった。戦後、CIAはこの責任を取らされ、代わりに国家情報長官(DNI)という新たなポストが設置された。DNIはCIAが担ってきた「中央」の役割を引き継ぎ、米国のインテリジェンスの取りまとめを行うことになった。つまりCIAは一情報機関に格下げされたのである。

 現在のバイデン政権もCIAに対して、新型コロナウイルスが中国・武漢のウイルス研究所由来かどうか調査するよう命じているが、これもCIAにとってかなりプレッシャーのかかる任務であろう。

 

 イラク戦争で躓いたCIAはその後、テロとの戦いに没頭し、多くの秘密工作に手を染めることになる。その中でも悪名高いのが、「囚人特例引き渡し」、「特殊強化尋問」、「ターゲット殺害作戦」と呼ばれるものである。

「囚人特例引き渡し」は外国においてテロと関係のありそうなイスラム系住民を見つけると、拘束してCIAの秘密施設に送り込むもの。一般には「誘拐」と呼ばれる行為だが、敢えて「囚人特例引き渡し」という分かりにくい用語を使用している。

 そして秘密施設に送り込まれた容疑者は「特殊強化尋問」という名の「拷問」を受け、情報を引き出される。映画『ゼロ・ダーク・サーティー』でも描かれているが、現実は映画よりも過酷とされ、米上院の特別報告書によると、アフガニスタンの秘密施設「コバルト」では、睡眠の剥奪、殴打、身体の束縛、水責めなどが日常的に行われているという。

徹底したテロ対策が
歴史的金星を生んだ

「ターゲット殺害作戦」は、携帯電話の通信を傍受し、テロリストの存在場所を確認すると、そこにCIAが操るドローンによってミサイルを撃ち込むもの。平たく言えば「暗殺」であるが、20年前に発生した9・11同時多発テロ以降、米国は戦時に突入したという認識であり、「ターゲット殺害作戦」というと、戦時に敵の将兵を軍事作戦によって葬るというような響きがする。

 この作戦の問題点は、通信傍受とドローンの組み合わせ、つまり人が介在していないことにあり、誰もテロリストと思しき人物が存在する現場を確認しないままミサイルが撃ち込まれるのである。そのため、結婚式や病院にいきなりミサイルが撃ち込まれる状況が生じており、巻き添えもかなりの数に上るという。

 ただCIAはこのような徹底したテロ対策を講じたお陰で、同時多発テロの首謀者と見られるウサマ・ビン・ラディンがパキスタンのアボタバードに潜伏している情報を得ることができたとされる。この情報はCIAにとっての大金星であったことは言うまでもない。

 もちろんCIAの現場のオフィサーたちは日々、米国の国益のために全力を尽くしている。同庁には米国独立戦争で若くして命を落としたネイサン・ヘイルという人物の銅像が建てられており、その足元には彼が生前最後に残したといわれる言葉が刻まれている。「私が悔やんでいるのは、この国に捧げる命が一つしかないということだ」。

Wedge8月号では、以下の特集を組んでいます。全国の書店や駅売店、アマゾンでお買い求めいただけます。
■あなたの知らない東京問題 膨張続ける都市の未来
Part 1 新型コロナでも止められぬ東京一極集中を生かす政策を
Part 2 人口高齢化と建物老朽化 二つの〝老い〟をどう乗り越えるか
COLUMN 〝住まい〟から始まる未来 一人でも安心して暮らせる街に 
Part 3 増加する高齢者と医療需要 地域一帯在宅ケアで解決を 
Part 4 量から質の時代へ 保育園整備に訪れた〝転換点〟 
CHRONICLE  ワンイシューや人気投票になりがちな東京都知事選挙  
Part 5 複雑極まる都区制度 権限の〝奪い合い〟の議論に終止符を 
Part 6 財源格差広がる23区 将来を見据えた分配機能を備えよ
Part 7 権限移譲の争いやめ 都区は未来に備えた体制整備を

  
▲「WEDGE Infinity」の新着記事などをお届けしています。

◆Wedge2021年8月号より
amazonでの購入はこちら

 


新着記事

»もっと見る