21世紀の安全保障論

2021年9月14日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

 アフガニスタン以外でも、バイデンの対外介入に対する姿勢には一貫性を見出すことができない。上院議員時代、バイデンはサイゴン陥落前の南ベトナムへの支援に反対し、湾岸戦争にも反対票を投じたが、ユーゴスラビアへの空爆には賛成した。バイデンはイラク戦争に賛成したが、副大統領としてはイラクからの米軍撤退を主導している。

 しかし、近年のバイデンの対外介入への消極的な姿勢には、個人的な事情が影響していると考えられる。バイデンは、最愛の長男がイラクで従軍し、さらにその時の怪我が元で後に亡くなったことに何度も言及している。これを機に、息子や娘を兵隊として海外に送り出す家族の気持ちを強く意識するようになったという。バイデンのアフガン撤退へのこだわりにも、長男の死が影響していると考えられる。

米国世論を〝忠実に〟反映

 このような個人的な事情に加えて、世論の動向もバイデンに大きな影響を与えている。アフガン戦争の終結はバイデンの公約であり、8割近い米国内世論もこれを支持してきた。カブール陥落の混乱の中での撤退には半数の世論がこれを支持しないと答えているが、撤退そのものに対する支持は揺らいでいない。

 国内の関心はすでに経済回復や新型コロナウイルス対策、自然災害、中絶の権利などに向いており、アフガン撤退をめぐる失態は次第に米国人の記憶から薄らいでいくであろう。今年の9・11追悼式典でも、バイデンやブッシュ元大統領が国内の結束を呼びかけるなど、米国の内向きな姿勢が目立った。

 バイデンのアフガン撤退への決意は、世論に広がる厭戦気分を的確に反映したものである。米軍撤退完了後にバイデンが述べた通り、20年におよんだ戦争でビン・ラーディン率いるアルカイダを掃討するという目的はすでに達せられ、タリバンが復権したとはいえアフガニスタンはもはや米国にとって死活的な利益ではないのである。

 9・11は米国人に大きな衝撃を与えたとはいえ、米国がいつまでもアフガンに関与する理由にはならない。バイデン政権は「中間層のための外交」を掲げ、対外政策においても国内の労働者たちの生活の改善を重視するとしているが、その背景にはアフガン駐留や民主国家の建設は米国人の生活には利益をもたらさないという冷徹な判断が透けてみえる。

惨めな撤退

 就任後、バイデンは9月11日までの米軍のアフガン撤退を発表し、その後期限を8月末に前倒した。軍の中には、小規模な部隊でアフガン国軍への支援を続けるべきという声や、タリバンが軍事作戦を行いやすい夏に撤退することは避けるべきという意見もあったが、9・11から20年までに米軍の撤退を完了させるという政治的な演出にバイデンはこだわった。

 その後、タリバンが制圧地域を広げる中で、米軍がアフガンにおける拠点であったバグラム基地から撤退することに懸念が高まると、バイデンはカブールの陥落は当面あり得ず、サイゴンの二の舞になるようなことはないと自らの判断に自信をみせた。カブール陥落時、バイデンや多くの側近は夏休みの最中であったが、このことはバイデン政権がタリバンの早期侵攻を想定していなかったことを示している。

 カブール陥落後、バイデンはタリバンの侵攻が想定よりも早かったことを認めながらも、アフガン政府および軍に戦う意思がなかったことを批判し、アフガン市民の安全が脅かされることは「断腸の思い」としながらも、他の優先課題に取り組むためにも米軍撤退の方針に間違いはなかったと自らの決断を正当化した。また、市民らの退避を確実に行うために撤退期限を延長すれば、タリバンとの戦闘が始まることを恐れ、バイデン政権は期限を維持することにした。

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