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2021年8月5日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

 2021年7月29日に、オマーン東岸沖のアラビア海で日本企業が所有する石油タンカー「マーサー・ストリート」が攻撃を受け、イギリス人とルーマニア人の乗組員2人が死亡した。同タンカーはロンドンに本社を置くイスラエル系のゾディアック・マリタイム社が運航しており、2月以降続くイランによるイスラエル関係船舶への攻撃の一環とみられるが、死者が出たのは今回が初めてである。イスラエル政府および英米両政府は、イランが自爆ドローンを使って同タンカーを攻撃したと断定して対応を協議しているが、イラン政府は関連を否定している。

(ChristianThielNet/gettyimages)

 米国のトランプ政権(当時)が18年にイラン核合意から離脱し、対イラン包囲網を築く中で、米・イラン関係は再び悪化した。ホルムズ海峡周辺では軍事的な緊張が高まり、トランプがイランを攻撃することを検討していたことも報じられている。一方、バイデン政権は核合意への復帰を目指し、欧州連合(EU)の仲介でイランとの交渉を行ってきたが、先に制裁解除を求めるイラン側とウラン濃縮の停止を求める米側で立場の違いがみられる。イスラエルはバイデン政権がイランとの対話姿勢を示していることに苛立ちを隠しておらず、イランで穏健派のロウハニ大統領から保守強硬派のライシ新大統領に政権が移ったことも不確実性を高めている。

シリアへの原油輸出で続く海での緊張関係

 原油輸入の9割を中東に依存する日本にとって、中東海域における航行の安全は極めて重要である。ペルシャ湾とオマーン湾・アラビア海を結ぶホルムズ海峡を通行する日本関係船舶は年間約1700隻、1日平均4〜5隻といわれる。米国とイランの間で緊張が高まっていた19年6月にも、日本企業の保有するタンカーがオマーン湾でイランによるものとみられる攻撃を受けているが、海上におけるイスラエルとイランの〝影の戦争〟は、新たな地政学リスクとして世界経済の先行きへの不安を高めている。

 海上での〝影の戦争〟は、米欧の制裁に違反してイランがシリアに原油を輸出することをイスラエルが妨害したことをきっかけに始まった。当時のトランプ政権の制裁によりイランの原油輸出量は19年以降大幅に落ち込んだが、シリアのアサド政権はイランからの原油の輸入を続けている。イスラエルは、イランがこの原油取引で得た利益をヒズボラなどの支援に回しているとみており、これまでに少なくとも12隻のイラン船舶に対して、紅海やシリア沖の地中海で攻撃を行った。攻撃には主に吸着機雷が使われたが、喫水線より上に付けられたため、沈没には至ってはいない。攻撃された船はシリア向けの原油だけではなく、ヒズボラに提供する武器を運んでいたとみられる。

 近年イスラエルが海軍力を増強し、地中海や紅海でイランに対して優位に立つ中、イランは海上においてイスラエルに報復する手段を欠いていた。しかし、21年2月以降、イランによるものと思われるイスラエル関係船舶への攻撃が始まり、「マーサー・ストリート」に対するものを含めて、これまで少なくとも5回の攻撃が確認されている。攻撃には吸着機雷か、対艦ミサイルまたはドローンが使われている。20年夏のアブラハム合意でイスラエルと湾岸地域の海上貿易が増加するため、イランはイスラエル関係船舶を自国領土に近いオマーン湾やアラビア海で攻撃することで、イスラエルに対する牽制を強めていると考えられる。

 イスラエルもイランもこれらの攻撃への関与を公式には認めていないが、双方とも全面的な紛争へ拡大するのを避けるため、人的な被害を出さない方法で報復の応酬を繰り返してきた。しかし、「マーサー・ストリート」に対する攻撃ではドローンが船橋に命中して人的被害が出ており、意図的に船橋を狙ったとすれば事態の拡大は避けられない。今後イスラエルが行う報復内容によって、中東海域の緊張がさらに高まる可能性もある。また、トランプ政権は情報提供などを通じてイスラエルを間接的に支援してきたと伝えられている。バイデン政権も、イスラエルが行う革命防衛隊に関係する船舶への攻撃を事前に知っており、少なくとも攻撃に反対する姿勢は示していない。

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