2024年12月5日(木)

WEDGE REPORT

2021年6月30日

(seungyeon kim/gettyiamges)

 2021年6月23日のロシア国防省の発表によれば、クリミア半島の南を航行していた英海軍駆逐艦「ディフェンダー」が国境を侵犯したとして、国境警備隊の警備艇による警告射撃に続いて空軍の爆撃機が爆弾を投下し、同艦の進路を変えさせたという。一方、英国防省は、同艦は国際法に基づいて「ウクライナの領海」で無害通航を行ったとしながらも、警告射撃を受けたことも、進路上に爆弾が投下されたことも否定した。

 両者の言い分が真正面から食い違っているが、公開情報によれば以下のような流れだったと推測できる。「ディフェンダー」は、ウクライナのオデッサ港から次の寄港地であるジョージアのバトゥミ港に向かっていた。その際、クリミア南部で国際的に使用されている分離通航帯に入り、一時クリミアの南から10海里にまで接近した。同艦に同乗していたBBCの記者によれば、その際2隻のロシア警備艇に追尾され、「進路を変えなければ射撃する」との警告の後、実際に射撃音が確認された。

 また、その後上空を20機ほどのロシア軍機が飛行した。ロシア側が公開した映像では、水平線上に「ディフェンダー」が見える中で射撃が行われているが、「ディフェンダー」の進路上に爆弾を投下した映像は映っていない。実際には、「ディフェンダー」は異常接近するロシア警備艇をかわすため一時進路を変えたが、その後は予定通りの航路をたどり、クリミア沖から離れた。

 以上から、ロシアの目的は英海軍に警告を与えてクリミア沖の領海から退去させたという誤ったイメージを作り出すことにあったと考えられる。つまり、ディスインフォーメーション作戦である。ロシアは2014年にウクライナ領であるクリミアを併合したが、イギリスを含めた国際社会はこれを認めていない。このため、ロシアは今回の事案をクリミアに対する主権と管轄権をアピールするために利用したのであろう。現場が、ロシア黒海艦隊の拠点となっているセバストポリ港に近かったことも関係していると考えられる。

 このように、クリミアの帰属問題が今回の事案の背景にあることは間違いないが、問題はロシアがどのような国際法上の根拠に基づいて英駆逐艦に対する妨害行為を行ったのかである。実は、1988年に同じ海域で同様の事案が米海軍と旧ソ連海軍の間で発生している。この時、ソ連側は米側に領海に入れば攻撃すると警告し、セパストボリ近海で無害通航を行う米海軍艦船に対してソ連艦船が体当たりをしたため、両国間に緊張が走った。この時は、両国が協議を行い、翌年の無害通航に関する統一解釈の発表につながった。

 その中で、両国は発効前の国連海洋法条約第三節に基づき、領海内で軍艦を含めてすべての船舶に無害通航権があること(第17条)、その際事前の通報や許可は不要であること、沿岸国が設定した分離通行帯がある場合はそれに従うこと、無害通航の定義(第19条)、沿岸国からの航行目的の照会に答えること、無害でない通航を防止するため沿岸国に保護権があること(第25条)、軍艦が無害でない通航を行った場合は退去を要請できるが(第30条)、要請に従わない場合は外交を通じた問題の解決を図ることなどを確認した。

 ロシアはこの統一解釈を引き継ぐとしているが、今回の行動は明らかにそれに反している。ロシアは、「ディフェンダー(擁護者)」が「プロボケイター(扇動者)」になったと、英側から何らかの挑発的な行為があったことを示唆しているが、その根拠としてロシア側からの領海侵犯に対する警告に英側が返答しなかったことを挙げている。一方、英側はロシア警備艇から近くで行う実弾演習の通告を受け、その後も何度か儀礼的なやり取りをしたと説明しており、ここでも両者の主張が食い違っている。

 実は、ロシア当局は2021年4月14日付で、今回の事案が発生した海域を含むクリミアの周辺海域で外国軍艦による無害通航を半年間停止するという通達を出している。ロシア側はこの措置がどのような法的根拠に基づいているのかを説明していないが、クリミア南部海域での措置に関しては、クリミア併合前にウクライナ政府が国際海事機関(IMO)の規定に基づいてセバストポリ近くの領海に設定した分離通行帯をNATO諸国の海軍が通航することを阻止することが目的の1つであると考えられる。実際、BBCが入手した英国防省の機密文書によれば、「ディフェンダー」が分離通行帯を通ることでウクライナの領海であることを主張しようとしていた。

 しかし、半年間という長期にわたって無害通航を制限することは、国際法上認められない。国連海洋法条約同25条では、沿岸国が自国の安全のために外国船の無害通航を一時的に停止できるが、その際特定の船舶だけを対象とすることはできない。半年に及ぶ無害通航の停止を一時的とみなすのは無理があり、また軍艦の通航だけを禁止している点もこの条文に反する。これを認めれば、沿岸国が事実上の航行禁止海域を任意で設定できることになってしまう。

 ロシアが警告射撃という強制的な手段で英駆逐艦を領海から退去させたと主張している点も、国際法上問題がある。軍艦には主権免除の原則があるため、沿岸国に認められるのは、自衛措置を除けば、退去要請とそれに従わなかった場合の外交を通じた抗議のみである。警告射撃であっても、「ディフェンダー」がこれを不当な武力行使とみなせば、国連憲章第51条に基づく自衛権の発動につながった可能性も否定できない。ロシアの外務次官は、今回は警告であったが、英国がロシアの領海を認めないならば次は直接攻撃するとも述べている。NATOが黒海での活動を活発化させる中、このようなロシアの国際法の解釈は極めて危険である。


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