21世紀の安全保障論

2021年9月14日

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小谷哲男 (こたに・てつお)

明海大学外国語学部教授

日本国際問題研究所主任研究員を兼任。専門は日本の外交・安全保障、日米同盟、インド太平洋の国際関係。主な共著に『アジアの国際関係―移行期の地域秩序』(春風社)など。
 

 米国人は、9・11同時多発テロの瞬間に自分がどこで何をしていたかを覚えているといわれる。他にそれほどの衝撃を米国に与えたのは、真珠湾攻撃とケネディ大統領の暗殺くらいであろう。

 その9・11から20年を前に、タリバンがカブールを掌握する中で、米軍がアフガニスタンから撤退して「永遠の戦争」が終結した。米大使館から職員がヘリで脱出する模様や、タリバンの支配から逃れようとアフガン人が米軍の輸送機にしがみつく姿は、サイゴン陥落の再現を彷彿とさせるのに十分であった。

米同時多発テロから20年で、PA州の飛行機墜落現場を訪問したバイデン大統領(ロイター/アフロ)

 バイデン政権が100人以上の米国市民、数万人のアフガン人協力者、さらには米軍がアフガン国軍に提供した兵器を置き去りにしたことは、1979年の在テヘラン大使館の占拠や2012年の在ベンガジ領事館の襲撃にならぶ屈辱的な外交の失敗とする評価も出ている。

 サイゴン、テヘラン、ベンガジといえば、米外交の失敗の象徴であり、カブール陥落は米外交史上最大の汚点として記憶されることになるかもしれない。バイデンは上院議員として、また副大統領として半世紀近くアメリカ外交に深く関わってきたいわば「外交のプロ」である。そのバイデンがなぜ、このような惨めな形でアフガン戦争を終結させることになったのであろうか。

バイデンのアフガン撤退に影響与えた長男の死

 バイデンは上院議員としてアフガン戦争に賛成する票を投じたが、後に反対の姿勢を示すようになった。09年のオバマ政権発足時には、副大統領としてアフガンへの増派の方針に閣僚の中で唯一反対した。

 11年にはビン・ラーディンの殺害作戦の実施にも、失敗を恐れて反対した。当時国防長官であったゲイツは、回顧録の中でバイデンは重要な国家安全保障問題では常に誤った判断を下してきたと評している。アフガン・パキスタン特使であったホルブルックも、アフガンへの関与縮小を主張するバイデンの意思の強さに驚いたと書き残している。

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