竹島をめぐる密約
この中で、「外交上の経路を通じて解決す」べき「両国間の紛争」について、日本は、竹島領有権問題しか存在しないとした主張したのに対して、韓国は、「独島をめぐる領有権紛争は存在せず、独島は外交交渉および司法的解決の対象にはなり得」(韓国・外交通商部「独島に対する大韓民国政府の基本的立場」)ないと、全く異なる主張をした。ロー・ダニエル(『竹島密約』草思社、2008年)の研究によれば、この交換公文とは別に、文書による「密約」があったという。そこでは、日韓両国は、「竹島/独島」をめぐって、双方、異なる領有権主張をしても互いに問題にすることはせず、同時に、韓国が現に支配しているという「現状」を変える試みを日本もしないが、韓国もさらに建造物を設けたりしない、と規定されていたという。この密約の存在を日韓両政府は否定しているが、こうした「精神」は、1996年に当時の金泳三大統領が「独島」に接岸施設を敷設するまで維持されてきたのは確かである。
慰安婦問題については、日韓請求権協定第2条で、「両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題」は「完全かつ最終的に解決されたこととなる」と規定されている。慰安婦など個人の請求権も含めて、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」として、日本政府や裁判所は、「法的には解決済み」という立場を繰り返してきた。ところが、2011年8月、韓国の憲法裁判所は、その「協定の解釈」をめぐって日韓間で「紛争」があるにもかかわらず、「外交上の経路を通じて解決」(第3条第1項)をしようとしない韓国政府の「無作為」は違憲であるという判決を下した。その後、韓国政府は自ら「作為」せざるをえなくなっただけでなく、日本政府に対しても同じように「作為」することを求めるようになった。もちろん、一国の国内事情の変更によって、ただちに二国間の取り極めを変更しなければならないわけでも、相手国もその事情を尊重しなければならないわけではない。ただ、「大統領の外交」と形容されるほど、外交政策において裁量が大きく、独自色を出してきた韓国の大統領も、今後、こと対日政策においては、この判決に拘束されることの意味合いは大きい。
竹島領有権問題や慰安婦問題は、教科書や靖国神社参拝と並んで、「歴史4点セット」として日韓関係において間歇(かんけつ)的に争点化してきたが、2012年の夏以降の展開は、問題のされ方や解決に向けたアプローチがこれまでとは次元が異なっている。今や、日韓紛争解決交換公文にせよ、日韓請求権協定にせよ、国交正常化以降の日韓関係の基本を形作り、その後の二国間関係を安定させてきた法的枠組みそのものが揺らぎ、問われるようになっているのである。