2024年4月27日(土)

都市vs地方 

2021年12月7日

 この場合に特に見過ごされやすいのが、③の潜在的な影響である。移動する人々は、自分が活躍できそうな場所に移っていく。このことは、地域間人口移動が、今勢いのある産業への人材供給の機能を果たしうることも意味する。実際、産業構造が大きく変わる時期に、世界中で急速な都市化が進んできた。

人口移動の制限は経済成長の阻害にも

(出所)Bairoch, Paul, (1988)Cities and Economic Development, From the Dawn of History to the Present, The University of Chicago Press. 写真を拡大

 図2は、ジュネーブ大学(当時)のバイロック教授の研究成果から作成した、ヨーロッパ諸国の都市化率(総人口に占める都市人口の割合)のグラフである。このグラフで、三角形の点は産業革命による近代化が始まる前を、丸の点は近代化が始まった後を表している。

 イングランドやフランスは18世紀に産業革命を迎えたため、この図では最初から近代化開始後となっており、他の国は途中から近代化が始まったため、その前は三角形で、その後は丸で表示されている。このグラフを見ると、近代化が始まった後に、都市化が加速していることが分かる。

 もちろん、これは因果関係を表すものではなく、単に近代化と都市化が同時に進行していることを示しているに過ぎない。しかし、アリゾナ大学(当時)のプレスコット教授と東京大学(当時)の林文夫教授の研究が明らかにしたように、第二次世界大戦前の日本において、農村から都市への人口移動が限定されていたことは、経済成長の大きな阻害要因であった。

 戦前の日本では、農村と都市との間の大きな所得格差にも関わらず、家父長制により農村人口が一定水準に維持されていた。製造業を中心とした当時の成長部門は都市部に集中していたため、農村から都市への人口移動が限定的であった戦前は成長部門への人材供給が柔軟に行われず、経済成長が停滞していたのである。両教授の研究によれば、もし戦前に農村から都市への人口移動が自由に行われていたら、国民一人当たり国民総生産(GNP)が33%高かったと推定される。

見過ごされがちな「集積の経済」の視点

 現在の人口移動でも、職を求めての移動は、こうした成長産業への人材供給という側面をもつことに変わりはない。したがって、もし国の政策として人口移動を止めるのあれば、こうした人材供給を滞らせる側面を理解しておく必要がある。

 さらに、②および③の「集積の経済」への影響も見過ごされがちである。例えば、内閣府の地方創生のホームページには、あちこちに「東京圏への人口の過度の集中を是正」という言葉が散見される。しかし、その是正によって、東京圏での集積の経済のメリットが犠牲になることは言及されていない。

 現状では、東京が日本経済のけん引役の一端を担っていることは間違いない。東京の活力を削ぐ政策は、その影響がもう少し丁寧に吟味されるべきであろう。もし、東京から地方へと人口を分散させることで、東京が停滞してしまうのであれば、それよりも一極集中を容認した方が良いかもしれない。もちろん、それにより地方に集積の経済の恩恵がある可能性はあるが、日本全体として分散化によるメリットがデメリットを上回るかを議論すべきであろう。

 こうした議論において、適切な目標を、適切な指標で測り、関係する経済主体への影響を総合的に勘案して政策策定が行われることを期待したい。

 
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