2022年12月3日(土)

お花畑の農業論にモノ申す

2021年12月17日

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渡辺好明 (わたなべ・よしあき)

新潟食料農業大学学長

1945年生まれ。68年3月、東京教育大学文学部卒業し、同年4月に農林省入省。水産庁長官、農林水産事務次官、内閣総理大臣補佐官、東京穀物商品取引所理事長などを歴任。2018年4月に新設された新潟食料農業大学で学長に就任した。全国農地保有合理化協会会長も務める。

 日本の農業は、長い時間をかけて、森林を切り拓き、海や川、湖沼を干拓し、埋め立てて「農地」を作ってきた。初天神の日に杉の苗を買うのは、「森林を破壊して田や畑にしてきたことへの償いの風習ではないか」と哲学者の梅原猛は指摘している。

 やや繰り返しにはなるが、自然を破壊して創られた農地、とくに水田では、開拓・開墾の一方で、コメの生産と水の管理を通じて、上下流をつなぐ「第二次的・安定的な自然環境」として、大きな循環系の中に完全に組み込まれている。流域治水、田んぼダム、そして何より、農業が利用する600億㌧の水は、その3分の2が、地下浸透や河川へ還元されて安定的に再利用されている。水田は、いわば「社会的資産」そのものである。

 30年近くも昔になるが、日米加EUの四極通商大臣会合において、「水田と水田農業の持つ環境機能」について日本側が強く主張したところ、カナダの大臣からは、「そんなに環境、環境というのなら、農業などせずにバッファローのエサ場にしたらよかろう(耕作しないことが環境にベスト)」との反論が出て、生育物を収穫するだけの収奪型農業と資源を循環させる循環型農業の違いを痛感させられた記憶を持っている。

カギは土地の一元管理か

 農地として耕作に利用しないものであれば、きちんと仕分けて違った政策を考える。理想は、土地利用の一元管理であり、税制その他の政策もこうした全体構想の下で行う時期に来たのかもしれない。

 なお、この場合でも、かつて見られた宅地並み課税を回避するためだけの栗の木の植樹とか、無理に開拓・開墾した土地をもとの森林に戻す「退耕還林」の名のもとに、本数だけを重視して、地下水の涵養などのエコシステムを無視した植林では話にならないので、そこは、よくよく考えて実行しなければならない。

  
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