2022年12月3日(土)

冷泉彰彦の「ニッポンよ、大志を抱け」

2022年1月4日

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冷泉彰彦 (れいぜい・あきひこ)

作家・ジャーナリスト

ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。近著に『「反米」日本の正体』(文春新書)など。メールマガジンJMM、Newsweek日本版公式ブログ連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

 2022年が幕を開け、今日から仕事始めという読者も多いだろう。新年初めの本連載は日本の「働き方改革」の議論の中で話題になることが少ない米国人の「働き方」について見ていきたい。

(metamorworks/gettyimages)

権利意識高いも、「働き方」に不満なし

 日本の雇用においては、長年にわたって長時間労働が批判されてきたが、現在は「働き方改革」というスローガンとともに労働時間の短縮が叫ばれている。この「働き方改革」の中では、労働時間が日本より短い欧米を模範とするというのが、暗黙の了解となっている。

 米国の場合を例にとってみれば、確かに過労死とか過労自殺という話はほとんど聞かない。もちろん、雇用そのものの量と質に関しては、リーマン・ショック後は長期にわたって国民の間では不満が高まっていた。だが、労働関係の制度が国民から批判されているかというと、そうではなく、米国の「働き方」の制度には大きな不満は出ていない。

 では、福祉国家を目指したことでズルズルと競争力を失っていった、1950年代から70年代の英国のような「病気」に米国が罹患しているのかというと、全くそうではない。米国という社会においては、日本と比較すると労働生産性という点に関しては、遥かに高い。

 高い生産性を実現しつつ、働き方に不満はないというと、まるで米国の労働者が全般的に優秀かというと、これも違う。また、米国には滅私奉公などという言葉はない。雇用側に違法性があれば懲罰賠償を含めたペナルティがある社会であり、権利意識は高い。

 高い生産性と過労死ゼロが両立しており、不満があり権利意識は高い中でも制度は信頼されている。これが米国の雇用制度である。どうしてそんなことが実現できているのか、2つ大きな理由が指摘できる。

明確に別れている「2つの労働市場」

 制度面では、「2つの労働市場」に分かれている点が大きい。また、意識の面では「働く時には働く」というカルチャーがあり、これが米国の国力を下支えしている。

 まず、労働市場についてだが、残業手当のつかない「エグゼンプト」と呼ばれる「管理職・専門職」と、残業手当の対象となる「ノン・エグゼンプト」すなわち「一般職」の2つにキッパリと分かれている。この2つのグループは法律上、あるいは労務管理の上で区別があるだけではない。「管理職・専門職」と「一般職」の間では全く労働市場が異なる。

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