2024年4月20日(土)

Wedge REPORT

2022年1月7日

iDecoやNISAも含む
老後の生活資金の「見える化」を

 この年金ダッシュボードで「見える化」する金融商品の範囲は、公的年金や私的年金が主な対象に思われるが、筆者は、個人年金保険やiDeco(個人型確定拠出年金)のほか、NISA(少額投資非課税制度)などの金融商品も対象に加えるべきだと考えている。

 その上で、一定の仮定計算の下、私的年金やNISAなどを含む「拡張版・所得代替率」を年金ダッシュボードで表示することを検討してみてはどうか。

 例えば、19年における公的年金の所得代替率(61.7%)は、モデル世帯の年金(22万円)を現役男性の平均的な手取り収入(35.7万円)で割って計算している。しかしながら、この22万円は、夫の厚生年金(報酬比例部分)9万円のほか、夫と妻の基礎年金それぞれ6.5万円がごちゃ混ぜになっている。この結果、日本の所得代替率の計算では高齢夫婦2人分(モデル世帯)の公的年金を用いているが、このモデルは標準でなく、諸外国の所得代替率は平均的な高齢者1人分で計算するのが常識だ。また、公的年金のみでは、私的年金などを含む本当の所得代替率は分からない。このため、もし夫が個人年金保険で毎月7万円を受け取ることができ、それ以外にもiDecoやNISAなどの金融資産を65歳時点で900万円保有している場合、高齢夫婦のうち夫のケースでは、次のようにして、拡張版・所得代替率を計算してはどうか。

 拡張版の所得代替率=(9万円+6.5万円+7万円+3万円)÷35.7万円=71.4%

 なお、このうちの3万円は、金融資産の時価変動や配当などを考慮せず、900万円の金融資産を65歳から90歳までの25年間で毎月均等に取り崩すと仮定したケースでの値を意味する。上記の計算に私的年金などを含めることについてはある種の批判も想定されるが、重要なポイントは、公的年金以外の金融資産も考慮した、拡張版の所得代替率を計算して表示することで、よりリアルな老後の経済状況が「見える化」できることだ。このようなデータが蓄積すれば、老後の資産形成が危うくて本当に老後が困窮に陥る可能性が高い人々を政府も的確に把握できるようになると思われる。

 最後に、③の意味は何か。以上のとおり、縮小する公的年金のみで老後の生活を賄うのは限界があり、NISAやiDecoを含め、老後に向けてそれなりの私的な貯蓄を行う重要性を示唆する。

老後の資産形成に向けた
税制優遇措置の拡充を

 その際、重要な鍵を握るのは、老後の資産形成を促す金融商品に対する税制優遇措置の拡充だ。米国では、個人年金制度の一つである伝統的IRA(個人退職勘定:Individual Retirement Account)が大きな役割を担っている。

 伝統的IRAは、1974年の「従業員退職所得保障法に」より、退職資産形成を支援するために導入されたもので、各個人が拠出する毎年の掛金額がルール上の上限額に到達するまでは一定の税制優遇措置が存在する。すなわち、「給付時」は課税(資金の引き出しの際に元金や運用益に対して)するものの、「拠出時」や「運用時」は非課税で、税制優遇措置として、資金を積み立てた掛金の分だけ所得控除を受けることができる。

 日本のiDecoは、米国の伝統的IRAなどを参考に制度設計されており、日本版IRAと言っても過言ではない。異なるのは税制優遇措置の規模で、iDecoは(自営業者を除き)年間の掛金限度額が約28万円(月額=約2.3万円)に対し、米国の伝統的IRAの年間拠出限度額は基本的に6000ドル(1ドル110円で66万円=月額5.5万円)で日本の2倍もある。

 既述のとおり、「老後2000万円」問題(高齢夫婦世帯の赤字5.5万円)に対しては、毎月2万円ずつ、40年間投資を行えば何とか対応できる可能性を示したが、若い世代が老後に受け取る公的年金が月額4.4万円もさらに減少し、その減少分を30年間の積立かつ5%の運用利回りで補填する場合なら、毎月1.98万円の積立が追加で必要になる。

 その場合、現状のiDecoの掛金限度額(月額=2.3万円)では老後の資産形成に不十分となるのは明らかだ。この解決のためには、iDecoやNISAなどの税制優遇措置を拡充する必要があるが、どの程度の拡充が必要なのかの目安が必要である。

 この「見える化」を行うためのツールが「年金ダッシュボード」であり、まずはその「拡張版・所得代替率」の目標値を定め、その上で、「拡張版・所得代替率」の情報提供を行いながら、iDecoの拠出限度額の引き上げを含め、目標値を達成するための税制優遇措置の拡充について検討を行うのが望ましい。

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